【本の感想】横山秀夫『ノースライト』

横山秀夫『ノースライト』

2019年 週刊文春ミステリーベスト10 国内部門 第1位。
2020年 このミステリーがすごい! 国内編 第2位。

今日、12月25日は、長女の17回目の誕生日。諸般の事情により、小学生の頃から離れて暮らしていて、高校生となった今は、LINEでたまに連絡を取るぐらいです(月のおこずかいも銀行振り込みだし)。ホワイトクリスマスは、長女が生まれた大雪の日を一人で思い出すのが、ここ何年が続いています。この日から正月にかけては、家族の不在が身に染みて堪えるのですよ。

横山秀夫『ノースライト』は、再生の物語です。

D県警シリーズ、F県警シリーズといった、事件をとりまく男たちが沸騰する警察小説・・・とは全く異なります。ノンフィクション『平和の芽』以外の作品は目を通しているので、いつもの横山節を想像していたのですが、これはハズレました。登場人物らがイラっとするシーンには、沸騰感が見え隠れはします。しかし、本作品は、ミステリとしては、サスペンスフルな展開よりも、叙情的なシーンが勝っているのです。テーマは違いますが、叙情的という意味において『出口のない海』に近いでしょうか。(リンクをクリックいただくと感想のページに移動します

一級建築士 青瀬稔は、バブル崩壊のあおりを受け建築会社をリストラされた挙句、妻ゆかりと離婚し、娘日向子を手放して、やもめ暮らし。現在は、大学時代の友人 岡嶋昭彦が経営する社員5人の設計事務所に身を寄せています。大企業でバリバリと働いていた男が、仕事と家族を失い、くすぶっているという設定です。

そんな青瀬が今の設計事務所で手掛けたのが、吉野陶太から依頼され、信濃追分の地に建てたY邸。Y邸は、吉野から「あなた自身が住みたい家を建てて下さい」とだけ注文された木の家でした。大手出版社から評価されたY邸ですが、引き渡しから、吉野一家が居住していないらしいとの連絡が入ります。家族5人で住むために、3千万を支払い建てた家なのに何故?建築士のプライドを傷つけられた青瀬は、吉野の足取りを調べ始めます。ヒントは、Y邸に置かれたブルーノ・タウトの手によると思われる一脚の椅子です。

本作品では、戦前日本で工芸指導をしたドイツの建築家タウトに関する言及に、多くのページ数が割かれています。なるほど、重要なキーワードで、タウトその人に興味を惹かれはするのですが、著者の思い入れの熱量が強すぎるようにも感じます。

仕事の合間をぬって、東奔西走し、吉野の行方を探しめ求める青瀬。やがて、吉野の失踪に関係していると思しき男女の影が浮かび上がります。折しも、岡嶋設計事務所は、非業の死を遂げた孤高の画家の記念館「藤宮春子メモワール」コンペに参加することが決まり、多忙の日々を迎えようとしていました。

本作品のこのあたりまでは、スピード感はそれほどではないものの、ばら撒かれた謎の真相が、多いに気になります。ダムの工事現場を「渡り」歩く生活をしていた少年の頃の青瀬の家族、破綻してしまった青瀬の家族、失踪した吉野の家族、そして岡嶋の家族。本作品は、家族の物語を幾重にも重なり合わせながら、ストーリーに厚味を持たせています。

後半は、吉野の失踪に隠された哀しい真実が判明するのと並行して、岡嶋設計事務所に大事件が発生します。ここからの流れは、ドラマチックであるし、ワクワクすることは確実なのですが、登場人物が皆、良い人ばかりなので、却って素直に感じ入ることができなくなってしまいました。ここはひとつ、横山節が欲しいところです。

惰性で仕事を続けてきた青柳は、真相に辿り着く過程で、様々な人々の善意に触れ、そして悲しみを乗り越え、再生へと向かっていきます。ラストは、ほんのりと温かな気持ちになるでしょう。うんうん、家族っていいなぁ。加えて、「同心梅」・・・ステキな言葉ですね。

さて、今日の娘の誕生日のおこずかいは、手渡しにしよう。カレシと会う合間に時間をもらわねば・・・

2020年 西島秀俊、北村一輝、宮沢りえ 出演 ドラマ『ノースライト』が放映されました。

西島秀俊『ノースライト』
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