いくつも張り巡らされた伏線が、ラスト、一気に回収されていく爽快感を味わえる上質のミステリ・・・なわけですが、しかし、本作品は質量(?)が違います。こんな顛末でした、だけじゃ終わらない重量感があるのです…
【本の感想】横山秀夫『第三の時効』
2003年 週刊文春ミステリーベスト10 国内部門 第6位。
2004年 このミステリーがすごい! 国内編 第4位。
横山秀夫の第一短編集『陰の季節』の主役は、警察組織の中の管理部門に属している警察官でした。(リンクをクリックいただけると感想のページに移動します)。
連作短編集『第三の時効』は、事件を捜査する刑事の姿が描かれています。警察小説の本来からすれば正当派ですが、そこは横山秀夫。一味違います。事件の展開と共に、刑事たちの組織の中での生き様がつづられます。キレイ事だけで終わらないリアリティがありますね。
本作品集の主役は、F県警の強行捜査班という選り抜きの刑事たち。事件を巡って刑事たちの生き馬の目を抜くような、アツい熱い鍔迫り合いが展開されます。強行捜査班の捜査係に序列があるという設定で、登場人物らの焦りや苛立ち、嫉妬といった感情が、ストレートに伝わってきます。そういう中にも、凛とした男の矜持を垣間見せてくれるシーンがあって、ぐっとくるのです。
■沈黙のアリバイ
強行捜査班の中のエリート捜査一係(一班)朽木泰正 班が主役です。
強盗殺人の被疑者 湯本が裁判で、自白を翻し容疑を否認しはじめました。取り調べで語らなかったアリバイを初めて主張する湯本。担当取調官の落ち度が取り沙汰される中、朽木は、湯本の薄笑いを目にし犯行を確信します。しかし、状況は、警察の不利となる一方でした・・・
過去に起きた事故のため、笑うことを戒めている朽木。果して、朽木は、湯本の笑いを凍りつかせることができるのでしょうか。緊迫感満点で、胸のすく思いを味わえる作品です。
■第三の時効
捜査二係(ニ班)楠見正俊 班が主役です。
殺人事件の時効を目前にして、被害者家族の周辺の張り込みを続ける二班の刑事たち。被害者家族の娘は、殺人犯 竹内の子供です。竹内は、彼の海外渡航を差し引いた第二の時効期間中に、被害者家族と接触するかもしれません。しかし、この目算は崩れ、第二時効は完成してしまいます。時効成立と共に鳴り響く電話。その時、楠見の取った行動は・・・
外道呼ばわりされてしまう元公安の刑事 楠見の冷徹さが印象的です。人情派の刑事 森との棘のある絡みが面白いですね。意外な結末が用意されていて、これぞミステリという作品です。
■囚人のジレンマ
一班から三班までを束ねる捜査第一課 田端昭信 課長が主役です。
三件の殺人事件に追われる捜査第一課。課内の覇権を競り合う朽木、楠見、村瀬は、田端の指示を無視し、独断で突っ走ります。田端は、「常勝軍団」を率いながらも、ギスギスした空気に一抹の寂しさを味わっていました・・・
班長たちの専行を苦々しく思いながらも、田端は、呪詛の言葉を胸の内に溜め込むしかありません。組織の長として、守りに入った男の悲哀が描かれています。しかし、ラストでは、男たちのクールな優しさがホロリとさてくれるでしょう。読者は、こういう作品で登場人物への思い入れを強くしていくのだろうなぁ。
■密室の抜け穴
捜査三係(三班)村瀬透 班が主役です。
殺人の容疑者 早野が、張り込み中のマンションから姿を消しました。三班と暴力団対策課の合同捜査の責任者 班長代理 東出は、幹部捜査会議の席上、捜査状況の説明に窮してしまいます。徐々に、会議は東出の責任を追求する場へと変わっていくのでした。そこへ現れた村瀬 班長。村瀬は脳梗塞で倒れ、捜査を外れていました。しかし、村瀬の一言が、会議の状況を一変させます ・・・
班長代理となって捜査を仕切る東出。東出の同期で先を越された同三班の石上。東出、石上の同期で、出世頭の暴力団対策課 氏家。彼らの嫉妬や意地がないまぜになった、感情の発露が面白いですね。村瀬は、動物的な勘で捜査を進める刑事なのですが、本作品では、会議の席上であっさり事件を解決してみせます。安楽椅子探偵の趣がある作品です。
■ペルソナの微笑
ホームレスの男が、青酸毒物で殺害されました。一班 矢代が朽木の指示で訪ねた先は、十三年前、青酸毒物で主人を亡くした被害者家族。犯人は、子供を使い父親を殺害させたのです。知らずに殺人の片棒を担がされた過去を持つ矢代は、成長した被害者家族の子供 勇樹に自分自身の姿を見てしまい・・・
矢代は、悲惨な過去から逃れるように、ひょうきん者の仮面を被っています。そんな矢代と勇樹の、丁々発止の絡みが秀逸です。表情と心の動きのアンバランスさが絶妙なのです。自分が、この本連作短編集で一番好きな作品です。
■モノクロームの反転
一家三人の惨殺される事件が、発生しました。捜査第一課 田端課長は、上層部の反対を押し切って、朽木班と村瀬班の合同捜査を指示します。相乗効果を狙っての判断でしたが、ライバル心剥き出しの二班は協力するどころか、現場への先陣争いを繰り広げてしまいます。二班の捜査は、それぞれのプライドをかけて溝を深めていくばかり・・・
事件の展開も、オチもいまいちしっくりこない作品。中途半端な甘ったるさが、どうにもよろしくないですね。
なお、本連作短編集は、テレビドラマ化されています。段田安則が楠見正俊を演じた「第三の時効」がよいです。
本作品が原作の、所十三 絵 漫画『強行 捜査一課強行犯係』はこちら。
- その他の横山秀夫 作品の感想は関連記事をご覧下さい。