【本の感想】横山秀夫『影踏み』

横山秀夫『影踏み』

D県警シリーズ、F県警シリーズなど、組織としての警察を活写し、異色の警察小説をものした横山秀夫『影踏み』は、”ノビ師”といわれる侵入盗(つまり泥棒)が主役の連作短編集です。

1話完結で全7話が収録されていますが、全話で長編小説の流れを形成しており、読み応えのある作品集となっています。人間の本質を抉っていく横山節は、これまでの作品と同様です。ただ、泥棒という追われるものを主役に据えているためか、切迫感を伴なった重苦しさと、切なさが全編を通して漂っています。

物語は、真壁修一、通称ノビカベが出所するシーンから始まります。

<<修兄ィ、おめでとさん! えーと、まずはご保護司さんのとこ?>>

真壁には、聞こえる双子の弟 啓二の声。しかし、啓二は、この世にいません。母親が、身を持ち崩した啓二に悲観し、無理心中をしてしまったのです。真壁は、啓二の声と共に、元の世界へ舞い戻っていきます。

なぜ弁護士を目指していた真壁が泥棒になったのか、なぜ啓二は荒んだ人生を歩むようになったのか、そして、なぜ死んだ啓二の声が中耳に響くのかが、読み進めていくうちに明らかになっていきます。これらが、一話毎のテーマとなって、徐々に物語に深みを増していくのです。著者の短編で見られるキレの良さが、遺憾なく発揮されています。

■消息
真壁は、逮捕された時から、違和感を持ち続けていました。侵入した家の女が、隣で寝ている夫への殺意を放散していたのです。女が寝ていなかったと確信している真壁は、真相を知るべく、その女の行方を探し始めます・・・

自身の逮捕された状況を知ろうと、恋人 久子の自転車に跨り、調査を進める真壁。真壁の洞察力、啓二の記憶力によって、辿り着いた真実には、逃げ場のない悲しさだけが残ります。

■刻印
幼なじみの刑事 吉川、死す。吉川殺害の疑いをもたれた真壁は、吉川の愛人周辺に探りを入れていき・・・

「消息」の顛末が語られる作品です。一旦関わりを持つと放って置くことができない、真壁の正義感が描かれています。

■抱擁
久子の勤める保育園で、盗難が発生しました。真壁との関係から白い目で見られる久子。真壁は、盗難現場に侵入し、真相を暴き出そうとします・・・

久子を想いながら、寄り添うことができない真壁。真壁の葛藤は、啓二への贖罪の気持ちと相まって、真壁の心の痛みが通底音として流れてきます。

■業火
暴力団による、無差別の盗っ人狩りに狙われた真壁。病院送りになるほど痛めつけられた真壁は、盗っ人狩りの理由を探ります・・・

真壁の不撓不屈さが印象的な作品です。

■使徒
真壁が引き受けたムショ仲間からの頼みごと。それは、「サンタクロースをやってくれ」です。プレゼントを携え、指定された家に侵入する真壁だったのですが・・・

O.ヘンリーの作品を彷彿とさせる、ハートウォーミングな作品。意外な結末もステキです。

■遺言
盗っ人狩りにあい、昏睡状態だった黛が死にました。死に立ち会った真壁は、黛のうわ言をもとに、黛の父親を探し出そうとします・・・

父親に伝えたかった黛の遺言とは何か。真壁の人情の中にある厳しさが垣間見える作品です。

■行方
見合い相手の弟から、ストーカーまがいの行為を受けている久子。真壁は、久子の窮状を見かねて、その男 久能を調べ始めます。久能は、真壁と同じく、双子の兄弟でした・・・

久子を救うため、自分の未来を閉ざそうとする真壁が描かれています。全てを解決した時、啓二の語る自身の死の真相が痛々しいですね。真壁の耳から去ろうとする啓二。真壁のこれからはどうなるのか。幸福が見えない中にあっても、ひと時の安らぎを感じさせてくれます。ラストを飾るに相応しい、余韻を残す作品です。

本作品が原作の、2019年公開 山崎まさよし、尾野真千子、北村匠海 出演 映画『影踏み』はこちら。

2019年公開 山崎まさよし、尾野真千子、北村匠海 出演 映画『影踏み

啓二(北村匠海)の描き方は映像ならではで、原作を未読ならばちょっとしたサプライズになっています。「消息」「刻印」「行方」をつなげた展開ですが、それぞれのエピソードは、ぶつぶつと切れた印象が拭いきれませんでした。修一(山崎まさよし)の不撓不屈の正義感が前面に出ていないのも残念です。

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