【本の感想】横山秀夫『深追い』

本の感想 横山秀夫『深追い』

横山秀夫『深追い』は、三ツ鐘警察署を舞台とした連作短編集です。

三ツ鐘警察署は、「五階建て庁舎のすぐ署長と次官の官舎を建て、そのまた裏手に署員用の家族官舎と独身寮を併設」しているため、「下級職員の間では「三ツ鐘村」と揶揄され、できれば赴任したくない所轄の一つに数えられている」。同じ職場に務める警察官らが、近接する住居で暮らし、独特のコミュニティを形成しているのです。

生活空間に縦社会が持ち込まれ、外聞をことのほか気にせざるを得ない、このコミュニティに漂う息苦しさが、本短編集の特徴ということになるでしょう。

■深追い
秋葉巡査部長が、交通事故現場で拾ったポケベルには、死亡した夫への妻からのメッセージが入り続けています。その妻は、秋葉が昔付き合った女 明子でした。ポケベルを返し損ねた秋葉は、ベルが鳴る度に、明子への思いを募らせていくようになります。署長らの制止に耳を貸さず、明子のもとへ通う秋葉。ある日、秋葉は、盗み見た明子の手帳に幾つものKの文字があるのを知り、別な男の影を感じとるのでした。 ・・・

なぜ、明子は死んだ夫にメッセージを送り続けるのか。はたしてKは誰なのか。秋葉が真相にたどり着いたときに、染み入ってくるのは、じわりとしたやるせなさ。懊悩の果の、虚脱感を伴ったような悔悟が、身を切るような作品です。

■又聞き
鑑識係りの三枝巡査は、毎年、小西和彦の命日に、線香を立てにいきます。十五年前、小西は海で溺れかけた三枝を救おうとして、かわりに命を落としたのです。三枝は、恒例のように、和彦の母 里子からアルバムを見せられていました。しかし、この日、一枚のスナップ写真の中の、これまで見過ごしていたことに、突然気づくことになります。 ・・・

一枚の写真の中に隠された謎は、結局、三枝の過去を楽なものにしてくれれません。しかし、それを悟った三枝には、真正面から向き合っていこうという清々しい姿を見ることができます。図らずも人生の枷を負ってしまったものの心情が、切々と迫ってくる作品です。

■引き継ぎ
盗犯一係 尾花主任は、窃盗犯の検挙件数を競う刑事コンクールで、なんとしても大物をあげたい。尾花が狙うのは、「宵空きの岩政」こと岩田政雄。同じ警官であった父が、その手口に研究を重ねた大泥棒です。しかし、ライバルの有坂もどうやら岩政を捕ろうとしているらしい ・・・

泥棒刑事(ドロケイ)たちの、つばぜり合いが面白い作品。「引き継ぎ」は、尾花親子だけじゃないのがこの作品のミソ。ラストがほっこり系の人情話です。

■訳あり
警務係長 滝沢は、退職者の再就職先を見つけるのに四苦八苦の日々。ある日、滝沢は同期の殿池から相談を持ちかけられます。上司の娘の縁談を取りまとめようというのです。相手は、警視庁から出向中のキャリア 森下。しかし、森下には悪い虫がついてしまったらしい ・・・

出世のため、上司の機嫌を伺おうと行動し始める滝沢。しかし、森下の問題を解決したとき、滝沢は意外な決意を口にします。ぐっとくる男の矜持の物語。滝沢の高笑いとともに、スカっと気持ちのよい作品です。

■締め出し
生活安全課少年係 三田村巡査は、不良グループの抗争の後始末に忙殺されています。三田村は少年たちの取り調べが気鬱で仕方がありません。そんななか、強盗殺人事件発生の一報が入ります。三田村は、少年が思わず口にした言葉から、犯人へにつながる緒を確信するのでした ・・・

事件の捜査でも応援の役割しか与えられない三田村。捜査会議から締め出された格好の三田村は、聞き込みから犯人を特定していきます。学生の頃、不良に脅かされていた三田村が、いっぱしの警官として借りを返す時がやってくるのです。思わず力が入ってしまうラストの余韻がたまらない作品です。

■仕返し
警察署長の補佐 的場次長は、栄転を控え、息子 慶太を市外の名門私立中学へ入学させようとしています。的場は、慶太がいじめにあったこともあり、市内の中学校へは通わせたくありません。ところが、あるホームレスの病死が思わぬ波紋を投げかけます。ホームレスが死の直前、署内に立ち寄った形跡があり、署員がこれを放置した可能性が見つかったのです。問題が起これば栄転の道は閉ざされてしまいます。全てを知った的場は、口をつぐむことを決意して ・・・

家庭人としての妻子への愛情と、警察官としての立場のせめぎ合いが巧みに描かれています。的場の決意は、正義も完うできるものであったに違いありません。父親としての思いが心に残る作品です。なお、本作品は、馳星周「声」の中のエピソードと重なるものがあります。

■人ごと
会計課 西脇課長は一般職員で、「草花博士」異名を持っています。西脇は落し物として届けられた花屋の会員カードを、ちょっとした興味から本人に届けることにしました。落とし主は、高級マンションに一人で住む老人 多々良です。多々良は、部屋一面に花々を所狭しと並べています。部屋を訪ねて以来、西脇は、心臓に問題を抱えた多々良を心配し、住まいを巡回していくようになるのでした ・・・

自分が本短編集で一番お気に入りの作品です。三人の娘たちと遺産問題で、絶縁状態の西脇が、死して子らに残したものは何か。西脇の悲しい過去とオーバラップして、ホロリときます。大岡裁きを彷彿させるような名品です。

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