【本の感想】菅浩江『そばかすのフィギュア』
初めての菅浩江作品、『そばかすのフィギュア』は、タイトルとカーバーイラストを見ての衝動買い。ああ!なんと可愛らしいタイトル、そしてイラストであることか。自分のようなおっさんが口に出すと、小悪魔風ショコラぐらい恥ずかしいけれど、一目惚れです。
本短編集は、20年くらい前に発表された著者の初期SFです。びっくり仰天のアイディアとか、ハードSFのガジェットが飛び出すわけじゃありませんが、かえってそれが古さを感じさせないのでしょう。SFならではの舞台装置を借りながら、人の内面をじっくりと見つめたバリエーションの広い作品集となっています。
宇宙を旅する移民船の中、隔離された女の子と彼女を世話する感情型人工物の悲しい物語「雨の森」、いじめにあっている少年と、自動人形のひと時の友情「カーマインレッド」、クローンと、オリジナルの女性の出会いが生む愛と憎しみ「セピアの迷彩」、死に至る感染症を患った女性と、それを知って彼女と暮らし始めた男性の末路「カトレアの真実」、父を超えるため青年が未知の試練に臨む「月かげの古謡」。
どの作品も読了後の満足感が高いのですが、タイトル作「そばかすのフィギュア」と、「お夏 清十郎」はとりわけ素晴らしいですね。
■そばかすのフィギュア
大学の同人誌サークルのメンバー近藤、山下、靖子らに送られてきたガレージキット。それは、ファンタジー ダグリアンサーガのシナリオ通りに動作するキャラクターたちでした。靖子は、龍となったガル王子に恋する村娘 アーダに命を吹き込んで・・・
現実の靖子の失恋と、シナリオ通りならば失恋してしまうアーダを重ねあわせたとてもキュートで切ない作品。作成したフィギュアが感情を持つかのように振舞うという、その方面の方には堪らない設定です。綺麗にペイントし、飾り立ててガル王子を振り向かせようとする靖子。しかし、シナリオ通りガル王子は、下手くそな山下のコリン姫に魅了されてしまいます。タイトル良し、カバーイラスト良し、そして作品内容 良し、の(自分的)三冠王である。
第二十四回星雲賞国内短編賞受賞にとどまらず、英訳され英米で紹介されたとのことです。クールジャパンの先駆けですね。
■お夏 清十郎
白扇流家元の奈月は、時遡能力者。彼女は、政府の科学プロジェクトと組んで、今や忘れ去られた歌舞伎の舞を現在に持ち帰るために時を遡ります。しかし、加齢を抑えるための科学的な措置は、彼女の肉体にダメージを与えていたのでした・・・
本作品は、純和風のタイムトラベルものの逸品です。舞の所作のように、夢うつつの世界が物悲しく幻想的に描かれていて、引き込まれます。日本人にしか描くことのできない幽玄の美とでもいいましょうか。
なお、本作品集には菅浩江17歳の頃に発表した「ブルー・フライト」が収録されています。エピグラフのF・フォン・シラーの言葉
青春の夢に忠実であれ
が反映された、17歳の女性の夢と悩みが感じられる瑞瑞しい作品です。自分が17歳の頃は、小論文の模試で校内ワースト5入りしていたので、当時、本作品の文章力を目の当たりにしたら暫く寝込んでただろうなぁ。