(悪い意味ではなく)イラつく警察小説です。本作品は登場人物たちの嫌らしさが渦巻いていて、物語に入り込むと抜け出せなくります。端的に言うと厭な奴らしかいません。だから、イラつかせるのです。リアルな不快感…
【本の感想】横山秀夫『64 (ロクヨン)』
2012年 週刊文春ミステリーベスト10 国内部門第1位。
2013年 このミステリーがすごい! 国内編第1位。
人殺しも悪徳政治家も存在しない世界で、人殺しや悪徳政治家を捩じ伏せる以上のエネルギーを消費し、神経を擦り減らし、目的とも呼べぬ目的に向かって闇雲に歩を進めている
県警警務部秘書課 三上広報官は、こう独り言ちます。
魂を刑事という現場に残しながら、スタッフ部門である警務部へ異動となった三上。三上は、上司への物言いを厭わず、開かれた広報として改革に専心する日々を送っていました。三上を突き動かすのは、刑事としての矜持、そして、いずれ現場へ復帰するという望み。
しかし、娘あゆみの失踪が、三上を警務部の犬へと貶めます。キャリアである赤間部長が、あゆみの捜査協力と引き換えに、三上を骨抜きにしてしまったのです。三上は、若い新聞記者から変節を詰られ、古巣の刑事部から疎まれるようになって・・・
組織の力学に翻弄され、屈辱的な指示であっても飲み込まざるを得ない。目の前の課題をひたすら潰していくしかない毎日です。自分の折れていく翼を見る辛さは、中年という年齢にさしかかった大半の男女がいやでも経験します。自身の理想とする正義から遠く離れてしまった冒頭の呟きは、自分の人生の一部と重なるところがあります。だから、三上の打算一歩手前で揺れ動く気持ちに、イラだってしまうのです。
昭和の最後の年に発生した未解決誘拐事件 符牒「64=ロクヨン」の時効を前に、警察庁長官の視察が決まります。「64」は、身代金と共に犯人を逃し、挙句の果てに人質の少女を殺されてしまった、というD県警の大失態。この過去のものとなりつつある事件が、14年たった今、D県警を真っ二つにする激震として襲い来るのでした。
広報官としての三上は、長官による遺族の弔問、そして新聞記者によるぶらさがり取材を成功させなければなりません。しかし、新聞記者たちとの軋轢は大きく、取材のボイコットまでに発展しており、さらに、遺族は、長官との面会を拒んでいます。相次ぐ難題に疲弊する広報室の面々。三上の打ち出す方針に、部下たちは不満を募らせていきます。
三上は、様々な記者、遺族に懐柔策を試みるうち、いつしか「64」に隠された真実に辿り着いてしまいます。そして、「64」という亡霊は、今、新たな誘拐事件となってD県警の前に現れて・・・と、続きます。
いくつも張り巡らされた伏線が、ラスト、一気に回収されていく爽快感が味わえる上質のミステリ・・・なのですが、しかし、本作品はそこに様々な人々の息遣いが聞こえてくるため、質量(?)が違います。こんな顛末でした、だけじゃ終わらない重量感があるのです。読み進めていくと、著者独特の、怒りや悲しみがない交ぜになった沸騰感だけではなく、喜びや希望を見出すことができるでしょう。
勤め人として失意のどん底に落ち込んでいた三上は、「64」に関わることによって、自身と対話し、大切なものに気付いていきます。前半、イライラしていた分、三上がアツイ思いを語るあたりから、随分、うるうるさせられました。
自分は、本作品を男の矜持の物語として読みました。本作品の素晴らしさは、親子の物語としても、夫婦の物語としても、友情の物語としても、読者のその時々に応じた読み方ができることだと思います。ミステリという枠だけに収めちゃ勿体ないのです。
さて、D県警シリーズといえば、人事担当のエリート二渡警視です。本作品では三上の高校の部活仲間であり、謎の行動で三上らを翻弄する得体の知れないヤツとして描かれています。連作短編集『陰の季節』の刑事部長OB尾坂部も登場すし、二渡と共に良い味を出しています。(リンクをクリックいただけると感想のページに移動します)
2015年 放映 ピエール瀧 主演 NHK土曜ドラマ『64』はこちら。
2016年 公開 佐藤浩市、緒形直人、綾野剛、瑛太 出演 映画『64』はこちら。
劇場公開時は、前後編の二部作でした。原作のその後が描かれていて、これについては好き嫌いが分かれるでしょう。自分は、原作のままが良かったなぁ・・・。観応えは、あるのですが。
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