【本の感想】横山秀夫『看守眼』

横山秀夫『看守眼』

横山秀夫作品は、読み始めると一気に読了してしまうのですが、心の暗部に迫るものが多いので、時間を空けないとしんどくはなります。ライトな本を読みつつ、気力体力を充実させて作品を手に取るのが、自分にとっては良いようです。

『看守眼』は、ノンシリーズの短編集です。

D県警もF県警も登場しませんが、警察や役所の中のあまり表には現れない人々を主役に据えているのが、著者らしさ。後味のじわーっとくるほろ苦さも著者ならではです。言い表すなら、暗い、せつない、でもくせになる、でしょうか。

■看守眼
県警機関誌の編集者 山名悦子は、退職予定者の回想手記を寄稿してもらうべく近藤のもとを訪れます。近藤は29年間を留置場の看守として過ごした男です。山名の依頼に聞く耳を持たない近藤。近藤は、F県警下で発生した主婦失踪事件に関心を持っています。被疑者 山野井の留置場での態度に引っかかるものがあるらしいのです。F県警総動員での捜査で決着がつなかい事件に、近藤は一人で挑んでいるのでしょうか・・・

失踪事件の裏に隠された真相を、ベテラン看守の眼が暴くスリリングな作品です。悦子の仕事や私生活の迷いが隠し味になっています。人の鬱屈した心理を描いた逸品です。

■自伝
仕事にあぶれたフリーのライター只野への依頼は、家電量販店「兵頭電気」会長の自伝の作成でした。峻烈な兵頭会長は、面接に合格した只野に、ぽつりぽつりと過去を語り始めます。<わしは人を殺したことがある>という兵頭。インタビューを進めるうちに、只野は、兵頭との因縁に気づき始めます・・・

チャンスにしがみつこうとする人の欲が、痛々しく迫ってくる作品です。イソップ童話を彷彿させる皮肉な結末が待っています。

■口癖
家事調停委員 関根ゆき江が担当とすることとなった、新たな離婚調停。申立人の菊田好美は、ゆき江の娘 奈津子と高校の同級生でした。好美が原因となり、高校時代、奈津子が不登校となったことを思い出すゆき江。現在の境遇の逆転を目の当たりにして、内心の快哉を抑えられません。難航する調停に業を煮やす好美へ、ゆき江の叱責の声がとびます・・・

「それしきのこと」が口癖で、前のめりに生きてきた ゆき江。人生の黄昏時に差しかかった悲哀が、苦さを伴なった余韻を残す作品です。

■午前五時の侵入者
S県警察ホームページに、早朝、何者のかが侵入し改竄を行いました。警察の威信に関わる出来事に、怒りを露わにする警務部長ら上層部。責任を問われた情報管理課の立原は、改竄が行われた5時にアクセスした3名を突き止め、口止めすることを進言するのですが・・・

クラッカーのホームページ侵入を題材に、警察の管理部門の内幕を描いた作品です。管理部門を主役に据えた作品には、多少、食傷気味ですが、立原がクラッカーと対峙するシーンに新味があります。

■静かな家
県民新報 整理部の高梨透は、焦っていました。写真家 須貝清志 展示会の開催日付に誤りがあるまま、掲載してしまったのです。主催者や須貝へ詫びを入れ、失敗を内々に処理しようとする高梨。問題は収束するかに見えたのですが、予想外の須貝のクレームから、上層部の知るところとなります。やがて、須貝の死体発見の報が届き・・・

元新聞記者ならではの著者の真骨頂です。戦場のような新聞作成現場の臨場感がたまりません。本作品は、殺人事件を絡めたミステリです(トリック?は、途中から分かってしまうのだけれど)。

■秘書課の男
知事公室秘書課 倉内忠信課長は、四方田知事の長年来の右腕です。しかし、最近、倉内は知事から疎んじられているようです。知事の「見損なった」との発言を公用車の運転手から得た倉内。倉内は、資金繰りのため借金を申し込んだ挙句、自殺した向井社長の事を思い浮かべるのでした・・・

権力者から嫌われた男の、嫉妬の混じったじめじめした心根がうっとおしいですね。暗澹たる気持ちになるのですが、結末は清清しさを感じさせてくれます。本短編集の中では、ハートウォーミングな作品と言えるでしょう。

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