”横山秀夫らしさ”とは何でしょうか。
自分にとって、この”らしさ”は、焦燥感を伴った苦悩として感じることができます。横山秀夫『真相』は、お家芸(?)の警察小説ではありません。しかしながら、”らしさ”は健在です。むしろ、警察という一般には馴染みのない世界の枠組みを取っ払ったがゆえに、真に迫っているようです。
■真相
税務会計事務所の経営者 篠田佳男が、受けた一本の電話。それは、10年前に息子を殺害した犯人が捕まったという警察からのものでした。篠田には特別な感慨も湧かず、空虚な思いだけが残っています。しかし、改めて当時の状況が明るみに出るにつれ、篠田は新たな苦悩に苛まれていきます・・・
被害者一家が、10年後に辿り着いた真相とは何か。二代目経営者として懊悩する篠田の決意と、事件の顛末が絡み合って、涼やかさを残す作品です。
■18番ホール
N県高嶋村の村長選に立候補する樫村浩介は、是が非でも選挙に勝たなければなりません。36歳にして県庁職員を辞め、今後の生きる糧を賭けているのです。それだけではありません。樫村は、誰にも言えない秘密を抱えているのでした・・・
疑心暗鬼に陥り、転落していく男を描いた作品です。松本清張の社会派サスペンスに似ていますが、ぐいぐいたたみ込んでくるのが”横山秀夫らしさ”です。
■不眠
山室隆哉は、リストラされ睡眠実験のアルバイト生活を送る日々。不眠に悩まされ始めた山室は、明け方の散歩道で、不審な運転をする顔見知りの車を目撃します。後日、同日同時刻に発生した放火殺人事件を知ることになって・・・
切羽詰った中年男性の悲哀が、身につまされる作品です。ありがちなオチなので驚きは大きくありませんが、再生を感じさせる余韻が良いですね。
■花輪の海
城田輝政は、友が死んだ時に思いを馳せています。S大空手部のシゴキの挙句、溺死してしまったサトル。12年後の今、サトルの両親が、死の真相を知りたがっているといいます。久々に連絡を取り合うサトルの同級生ら。城田は、当時からサトルの死にひとつの疑問を持ち続けていたのです・・・
過去を紐解いていく度に、悲しい真実が炙りだされていくのは『真相』と似たパターンです。しかし、展開、結末ともに、何か物足りなく感じます。
■他人の家
貝原英治は、妻映子と共に、アパートからの立ち退きを通告されていました。英治の逮捕歴が、大家に知れてしまったのです。途方に暮れる英治と映子。そんななか、英治は、顔見知りの佐藤から、養子にならないかとの誘いを受けます。躊躇いながらも、申し出を受けることにした英治でしたが・・・・
苦しい立場の人々が、より苦境に立たされてしまうという、とても後味の悪い作品です。この作品を最後に持ってきたために、本短編集全体が、暗い印象になったかもしれません。
- その他の横山秀夫 作品の感想は関連記事をご覧下さい。
関連記事
【本の感想】横山秀夫『64 (ロクヨン)』いくつも張り巡らされた伏線が、ラスト、一気に回収されていく爽快感を味わえる上質のミステリ・・・なわけですが、しかし、本作品は質量(?)が違います。こんな顛末でした、だけじゃ終わらない重量感があるのです…
【本の感想】横山秀夫『クライマーズ・ハイ』日本航空123便墜落事故報道の舞台裏を描いた作品です。元新聞記者の著者だからこそ、報道に対する真摯な熱意が伝わる、臨場感たっぷりの人間ドラマに仕上がっています。主人公の家庭の問題等、縦糸横糸ががっちり…
【本の感想】横山秀夫『ルパンの消息』著者のデビュー作です。過剰なほどに伏線が張り巡らされており、クライマックスでは人間模様を含めて全ての仕掛けを解きほぐしてしまいます。ぶっ込み過ぎの感はありなのですが、著者の気合の入れ具合がひしひしと伝…
【本の感想】横山秀夫『影踏み』”ノビ師”といわれる侵入盗が主役の連作短編集です。人間の本質を抉っていく横山節は、追われるものを主役に据えているためか、切迫感を伴なった重苦しさと切なさが漂います。
【本の感想】横山秀夫『陰の季節』警察の面子を守るために奔走し、組織の内部統制を如何に保ち続けるかに腐心する管理部門の警官らの物語です。心理的な緊迫感のある人間ドラマとなっています。意外な結末が待っているので、社会派推理小説が苦手でも…
【本の感想】横山秀夫『震度0』(悪い意味ではなく)イラつく警察小説です。本作品は登場人物たちの嫌らしさが渦巻いていて、物語に入り込むと抜け出せなくります。端的に言うと厭な奴らしかいません。だから、イラつかせるのです。リアルな不快感…
【本の感想】横山秀夫『深追い』三ツ鐘警察署を舞台とした連作短編集です。同じ職場に務める警察官らが近接する住居で暮らし、独特のコミュニティを形成されています。生活空間に縦社会が持ち込まれているのが特徴的です。ここで、息苦しさが漂う人…
【本の感想】横山秀夫『動機』D県警シリーズの第二短編集です。鬱屈し切羽詰まった心理状態の人々が織り成す物語は、決して読後感が良いわけではありません。けれど、彼らの人生それからを思うと、感慨は一入です。全四編に通底するテーマは、自…
【本の感想】横山秀夫『第三の時効』事件を巡って、刑事たちの生き馬の目を抜くようなアツい鍔迫り合いが展開されます。焦りや苛立ち、嫉妬といった感情が、ストレートに伝わってきます。そういう中にも、凛とした男の矜持を垣間見せてくれるシーンがあ…
【本の感想】横山秀夫『顔 FACE』D県警の婦警を主役に据えた連作短編集です。信念を貫いたため組織から爪弾きにされてしまった20代の女性が描かれています。嫉妬、悔悟、混迷といった主人公の内省的な部分にスポットが当たっているのが、本短編集…
【本の感想】横山秀夫『看守眼』ノンシリーズの短編集です。D県警もF県警も登場しませんが、警察や役所の中のあまり表には現れない人々を主役に据えています。じんわりと胸に迫るほろ苦い後味が、著者ならではです。暗い物語ですが、魅せられます…
【本の感想】横山秀夫『出口のない海』ふとした心の揺れから特攻隊に志願してしまった青年の生涯を描いています、戦争青春小説の王道スタイルですが、何のために命を擲つのかという問に逡巡し、やっと出した主人公の結論が、本作品に輝きを放っているよう…
【本の感想】横山秀夫『ノースライト』再生の物語です。D県警シリーズ、F県警シリーズといった、事件をとりまく男たちが沸騰する警察小説・・・とは全く異なります。本作品は、ミステリとしては、サスペンスフルな展開よりも、叙情的なシーンが勝ってい…