映写技師の4ヶ月にわたる日記という体裁の作品です。次々に降りかかる暴力沙汰。その過程で主人公は自分と他人の区別がつなかくなっていきます。アイデンティティの崩壊は、フィリップ・K・ディックの諸作品を思い…
【本の感想】阿部和重『アメリカの夜』
1994年 第37回 群像新人賞受賞作。
阿部和重『アメリカの夜』は、映画学校を卒業し、美術催事場のアルバイトをしている「哀しい男」の物語。著者のデビュー作ですね。
主人公 中山唯生は実に屈折しています。自分を特別な存在であるという理屈を作り上げて、それに執着していく内省的な人物なのです。唯生は、春分の日に生まれであることから、「光」=「聖なるもの」の「闇」=「俗なるもの」拮抗に思いを馳せ、そこから特別な存在としての啓示を得ます。本作品は、唯生が、その内面へ突き進んでいく様が、ひたすら描かれていきます。
本作品の語り手は唯生自身であり、鬱勃とした裏側を第三者の目線で冷静にさらします。唯生と著者の心情には、どこか重なるところがあるのでしょうが、唯生の周囲から浮いた感じが、なんとも痛々しいのです。笑うに笑えない寒々としたものがあります。
ストーリーは、中山唯生の内的世界が縷々つづられていくだけです。唯生が、奇妙奇天烈な格好で映画制作現場に乱入するぐらいで、大きな起伏があるわけではありません。けれども、読んでいて飽きることがないから、不思議です。
あらためて本デビュー作を読むと、著者の精神は、その後の作品にも引き継がれているのがわかります。例えば、『インディヴィジュアル・プロジェクション』のオヌマ、『ニッポニアニッポン』の鴇谷春生。彼らも本作品の中山唯生と同様に、アイデンティティの問題を抱えています。初期の頃の作品は、著者自身を主人公に投影していのでしょうか。思うにまかせぬ苛立ちのようなものを感じます。(リンクをクリックいただけると感想のページに移動します)
本作品が、題名を拝借した1973年公開 フランソワ・トリュフォー監督 『アメリカの夜』はこちら。映画製作現場以外、共通点あったかな?
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