【本の感想】横山秀夫『動機』

本の感想 横山秀夫『動機』

2000年 週刊文春ミステリーベスト10 国内部門 第3位。
2000年 第53回日本推理作家協会賞 短編部門 受賞作。
2001年 このミステリーがすごい! 国内編 第2位。


横山秀夫
第二短編集『動機』は、年間ミステリランキング上位ランクインに、日本推理作家協会賞受賞と、華々しい経歴です(直木賞候補でもあります)。

自分は、皆が良いというものを易々と受け入れてしまう素直な性格なので、本書は安心して手にすることができました。

D県警シリーズの第一短編集である陰の季節も良かったのですが、本書は、より人間ドラマとしての色合いが強くなっているようです。(リンクをクリックいただけると感想のページに移動します

鬱屈し切羽詰まった心理状態の人々が織り成す物語は、決して読後感が良いわけではありません。けれど、彼らの人生のそれからを思うと、感慨は一入なのです。全四編に通底するテーマは、自分自身を見つめ直すということでしょうか。著者の追い立てるような書きっぷりのためか、知らず知らずのうちに一気に読み切ってしまいます。あぁ、クセになってしまいそう。

■動機
J県警本部警務課企画調査官 貝瀬警視は、警察手帳の紛失事故防止を狙って、警察手帳の一括保管を導入しました。ところが、保管した三十冊分の警察手帳が、何者かに盗まれてしまいます。事態は貝瀬の責任問題に留まらず、J県警の不祥事にまで発展していくのでした。貝瀬は、一括保管に反対した内部犯行を疑いますが、捜査は遅々として進みません。果して、タイムリミットの記者会見まで、警察手帳を取り戻すことができるのでしょうか・・・

警察組織という縦社会で、孤立していく主人公 貝瀬の焦燥が痛々しいですね。警察官であった父、そしていじめにあっている我が子との関係をバックグラウンドとして、ストーリーは進んでいきます。警察手帳の事件の結末と、貝瀬が自身を見つめ直していく様が、リンクするのです。しっとりとした余韻を残す名作です。

■逆転の夏
十三年前に女子高生を殺害し、服役した過去を持つ山本は、世間から身を隠すように暮らしていました。別れた妻子へ送金を続けるだけの日々を送る山本に、ある日、一本の電話が入ります。それは、人を殺して欲しいという、見ず知らずの人物からの依頼でした。山本は、殺人を犯す気がなくとも、依頼を断固として断り切れません。そして、妻子の送金のために、謎の人物から振込まれた金に手をつけてしまうのでした・・・

必死に立ち直ろうとしながら、それでもなお転落の道を歩まざるを得ない男を描いています。山本の犯してしまった罪への悔恨と、別れた妻子への愛惜が、何ともせつないですね。社会に拒絶されるという、出口のない虚しさが漂う作品です。

■ネタ元
県民新聞の女性記者 水島は、市内で発生した主婦殺害事件を追っていました。全国紙や、有力地方紙に押され発行部数が低迷し始めた県民新聞は、何としても特ダネを抜かなければなりません。しかし、部数競争に明け暮れる毎日に、水島は、新聞記者としての理想との乖離に苛立っているのでした。そんななか、水島へ、ライバルの東洋新聞から引き抜きの声が掛かります。大きな実績のない水島は、引き抜きの理由が判然としません。水島には、地裁に細いつながりのネタ元(情報提供者)がいるだけでした・・・

女性が社会で活躍するのことへの阻害、いわゆるガラスの天井を扱っています。男社会の中で生きる女性の葛藤が、水島の行動を通して鮮明に描かれていきます。ネタ元とのつながりに真実を見た時の、水島の決断が悲しくもあり、清々しくもあります。著者が元新聞記者だけあって、新聞社の内幕が活写されている作品です。

■密室の人
裁判長 安西は、強姦致傷事件の公判中、法壇で居眠りをしてしまいました。おまけに、寝言で妻の名前を呼んでしまうという大失態です。マスコミに嗅ぎつけられ、事態は大きくなる一方。何故、居眠りをしてしまったのか。安西は、そこに誰かの作為を感じるのでした・・・

二十二年間、職務に忠実でありつづけた男が、ふとしたきっかけで自身の人生の至らなさを思い知ります。本作品は、哀しい大人の愛を描いており、リドルストーリー的な締めくくり方が、感慨を深めてくれるのです。

なお、「動機」「逆転の夏」「ネタ元」はドラマ化されていています。佐藤浩一 主演「逆転の夏」は、これがまた、ドラマとしても素晴らしい出来なんだなぁ。

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