【本の感想】皆川博子『恋紅』

皆川博子『恋紅』

1986年 第95回 直木賞受賞作。

皆川博子『恋紅』は、江戸時代が終焉を迎えつつある頃の遊郭を舞台に、楼主のお嬢様と旅役者の恋を描いた作品です。

著者といえば、まずは幻想文学、および幻想的なミステリをイメージしますが、本作品はこれとは異なり、時代小説であり、恋愛小説です。もちろん、遊郭に渦巻く男女の情念や、芝居に懸ける役者の執念の表現は、著者の手によって、幻想的ともいえる妖しさが漂います。

物語は、吉原の廓『笹屋』の楼主 佐兵衛の娘 ゆう が、旅役者の富田福之助と出会うところから始まります。この時、ゆう は、かぞえ9歳。5年後、福之助と再会した ゆう は、すっかり恋に落ちて、という展開です。

こう書いてしまうと、如何にもなラブストーリーですが、さにあらず。遊郭という非日常の世界の裏側が、ゆう の眼を通して描かれているため、全編を通して重苦しい空気が漂っているのです。著者は、買われてきた幼な子の宿命、花魁たちの足の引っ張り合い、落ちぶれた花魁の行く末、奉公人の秘めたる憎悪など、時代の転換するうねりに乗せながら、物語にアクセントを付けていきます。なかでも、奉公人芳三と ゆう の愛憎半ばするつながり、そして芳三の運命は、印象的です。すぐ傍で見てきたかのような、妖しい生々しさがあります。

本作品は、一方で、福之助が勝手に師ともライバルとも目す、正統派の役者 沢村田之助の、芸に対峙する執念が語られます。華やかな人気役者 田之助、そして田之助に洟も引っ掛けられない三文役者 福之助。病のため両肢を失いながらも芝居を続ける田之助に対し、福之助は役者として羨望し、嫉妬にかられ、敗北感に打ちのめされます。ここは芸道小説の趣で、著者の格調高い文章がよく合います。

ゆう は、押しかけ女房のように福之助と所帯を持ちます。しかし、福之助と兄弟一座は、新政府によるの発令もあり、束の間の約束で名古屋へ旅立って・・・と続きます。ゆう と福之助の行く先を方向付けることになるのですが、どうも、これ冗長のような・・・と、思ったら、『散りしきる花ー恋紅第2部 』という続編が出てるではないですか!なるほどね・・・

ちなみに、直木賞受賞作には、第137回 松井今朝子『吉原手引草』、第144回 木内昇『漂砂のうたう』(傑作!)と、遊郭が舞台となっている作品がちらほら。(リンクをクリックいただけると感想のページに移動します

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