【本の感想】皆川博子『光の廃墟』

皆川博子『光の廃墟』

皆川博子『光の廃墟』(1978年)は、1966年のイスラエルを舞台にした殺人ミステリです。

紀元73年のユダヤ戦争で、ローマ軍により陥落させられたマサダ城址。物語はここを中心に展開するのですが、歴史的な背景を知らないと味わいは半減してしまうでしょう。(世界遺産のマサダは、ローマ帝国によって陥落させられた要塞で、1,000人近いユダヤ人が自決したと伝えられています)

日下明子は、マサダ遺跡調査隊の志願隊員である、義理の弟 高村隼雄の遺体と対面すべく、テル・アヴィヴに到着します。地元警察は、隼雄がフランス人の隊員 ヴァンサン・ロネを殺害し、自殺に及んだと結論付けていました。隼雄の自殺に納得し難いものを感じた明子は、隼雄の記したとされるノートを探すべく、遺跡調査隊のキャンプに赴くことを決意します。

隊員は、ユダヤ人のミシャ・フォルク、軍人のロバート・モーガンと16歳の息子ジョン、養豚業を営むアハロン・ヤーコビ、フランス人タクシー運転手ピエール・メイエと妖艶な妻モイラ、アイランド人看護婦クリス・マーフィと、人種も性別も様々です(多国籍というのが重要!)。

明子が到着してから、メンバー周辺がざわつき始めます。キャンプへ向かう途中の事故による車の大破、激しい風雨の中でジョンを撲殺しようとする何者かの影、クリスの変死体の発見、クリスの持ち物から発見された隼雄のノート・・・

登場人物それぞれの愛憎が複雑に絡み合って、事件は成り立っています。ピタゴラスイッチのように物事が動いていくのですが、ヒントはあるものの、カラクリが分かるまで謎は解けません。ラストの仕掛けが起動する寸前に、明子が辿り着いた真相とは何か(とは言うもののハラハラドキドキは希薄です)。

本作品には、伏線らしきものがばら撒かれています。例えば、 明子の男性遍歴 、明子と日本大使館職員 江幡との唐突な情事、隼雄の残虐な性格を物語るエピソード、クリスが恋人ミシャに向けた一瞬の殺意等、です。残念ながら、これが、うまく回収されていないのですよ。

舞台がこの時のこの場所である必然性については、マサダの悲劇とオーバラップさせているのだろうと思い至るのですが、ひょっとして、まだ読みが浅かったのかもしれませんね。 ただ、ゴシック・ロマンという、本作品に対する煽り文句はないよなぁ・・・

  • その他の皆川博子 作品の感想は関連記事をご覧下さい。