アメリカ、イギリス、ロシアが手を組んで、イスラム世界をペテンにかける驚天動地のエスピオナージです。ラストは、驚愕のどんでん返しが待っています。読み終えたとき、このペテンの裏側にある秘密を理解し、本作品…
【本の感想】A・J・クィネル『ヴァチカンからの暗殺者』
1987年 週刊文春ミステリーベスト10 海外部門第3位。
1981年5月13日ローマ法王ヨハネ・パウロ2世が、サンピエトロ広場にて銃撃されました。当時、ローマ法王暗殺未遂事件は大きく報道されたと記憶しています。
A・J・クィネル( A. J. Quinnell )『ヴァチカンからの暗殺者』( In the Name of the Father ) (1987年)は、この歴史的な事実を取り入れたエスピオナージです。
ストーリーの核となるのは、事件の首謀者がソビエト連邦 アンドロポフ書記長で、ローマ法王の暗殺を諦めていなかったという大胆な仮説です。
ローマ法王が暗殺の危機に晒されているのを察知した、ヴァチカンのヴァーサノ大司教、メンニニ枢機卿、ヴァンバラ司祭は、計画を阻止するためアンドポフを葬り去ることを決意します。暗殺者として指名されたのは、上官を射殺し、ポーランドから亡命してきたスツィボル。スツィボルは、過去の出来事からアンドロポフへ憎しみを抱いているのでした。
ヴァーサノ大司教らは、スツィボルのソビエトへの侵入を容易にすべく、夫婦ものとしての偽装を画策します。妻役として選ばれたのは、美しい修道女アニタ。アンドロポフ暗殺を遂行するため、スツィボルとアニタの命を賭けた潜入行が始まります・・・
潜入に先立ち、スツィボルは、ヴァンバラ司祭によって、テロリストの養成所に送られます。神に仕える者達が、暗殺者を作り上げていくという設定です。
秘密裏に進められていたアンドロポフ暗殺計画でしたが、メンニニ枢機卿の不注意からソビエト上層部に知られるところとなり、スツィボルとアニタは、KGBに追われるはめになります。ソビエトへの潜入ルートに張り巡らされた監視の目。スツィボルとアニタの潜入行は、息つく暇のないピンチまたピンチの連続です。暗殺者の正体は早々とソビエト側にバレてしまうのですが、これが、スピード感と緊張感をいや増すことになります。焦燥感を煽られつつ、ぐいぐいと話の流れに引っ張られていくのです。ギリギリのところで危機をすり抜けるスツィボルとアニタ。執拗に追いすがる敵。そしてついに、アニタは囚われの身となって・・・ と続きます。
スツィボルはどうする。アニタはどうなる。そして、アンドロポフ暗殺は成就するのか。最後まで、ハラハラ、ドキドキは止まりません。
冷酷無比な暗殺者スツィボルと、神のみに愛を誓う修道女アニタ(アニタはスツィボルの任務を途中まで知りません)。反感に近い感情を抱いていたぎこちない二人が、危険な旅を通して恋に落ちていく様が描かれます。手に汗握るアクションと並行して、育まれていく二人の思いが素敵です。これは、アニタが登場してきたあたりから想像できてしまうのですが、二人の心が寄り添っていく過程が実に自然なのです。英米の作品にありがちな、とりあえずデキちゃえば的な、性急さがないところが良いですね。余韻を残す締めくくり方も申し分ないし、恋愛小説としても楽しめる作品です。
本作品は、ハリウッド映画的ともいえますが、刺激的な内容ゆえに映画化はできないのでしょう。スツィボルのイメージは、若き日のブラピかな。
(注)読了したのは新潮文庫の翻訳版『ヴァチカンからの暗殺者』で、書影は原著のものを載せています。
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