【本の感想】松井今朝子『吉原手引草』
2007年 第137回 直木賞受賞作。
松井今朝子『吉原手引草』は、吉原の名高い花魁 葛城の失踪の謎を追うインタビュー形式の時代小説です。
ストーリーを引っ張っていくのは、正体不明の二枚目(!)の男。この謎の男が、吉原遊郭に住まう人々や、ここに集う人々を訪ね歩き、問いかけます。男の目的は、なかなか明らかにならず、人となりも判然としません。男が何を問うているのかも、相手方の返答で読み取るしかないのです。
16人の弁(インタビュー)は、自分語り、世間話も交えながらで、男の聞きたい本質のところまでなかなか辿り着きません。男にとっての無駄話は、吉原という非日常に息づく人々の、渦巻く欲望や悲哀、愛憎を浮かび上がらせます。
女房が女郎の店番がいる、女郎に入れあげて勘当をくらった若造がいる、遊び人に貢ぎ騙された女郎がいる、女郎の水揚げ(つまりは初めての男となる)の数々を誇る大尽がいる、義理の父に一夜限りの遊びを教えてもらった婿がいる、女郎と丁々発止の恋の駆け引き繰り広げる良いところの旦那がいる・・・
これらのエピソードが、葛城という一人の花魁の失踪事件の枝葉となって、物語に拡がりを見せてくれます。ただ、会話の内容を物語として再構成しなければならないため、本作品のような形式は、煩わしいと感じる読者はいるかもしれません。
葛城は、見受けが決まり、順風満帆な人生が約束されているのに、何故、忽然と姿をくらませたのか。そして、厳重な警戒がなされた吉原から、どのように抜け出したのか。
男は、真相につながる糸をたぐって、葛城の過去に踏み込んでいきます。人の口から語られる葛城は、愛情細やかな反面、強情ともとれるブレない芯を持つ、凛とした女性。乱暴者も、姿を見ただけで毒気を抜かれるほどの神々しさを放ちます。葛城の所作は、内に秘めたるものを伺わせるので、一層、魅力的に映ります。
さて、ミステリーもかくや、というほどに謎が解明されるクライマックス。読者は、葛城の一世一代の大勝負に、溜飲の下がる思いをするでしょう。吉原の人々の情の深さも、印象に残ります。そして、インタビューワーの男の正体は・・・何と!
本作品は、物語形式であれば、すんなりと読み進められたでしょう。しかし、そうなると、エピソードの数々は、切り落とされてしまうかもしれず。どっちが良いのか・・・答えは出ず・・・