【本の感想】長嶋有『パラレル』

長嶋有『パラレル』

中年になるということは、色々な場面で折り合いを付ける事なのだと思います。もちろん、精力的にガンガンバリバリ我が道を行く人はいます。でも、大方のおっさんは、諦めに近いものを秘めたまま、周囲に調子を合せながら生きているような気がするのです。

長嶋有『パラレル』の主役、”僕” 、向井七郎を見ていると、改めてそんな事を思い知らされます。

若い頃、ゲームデザイナーとして成功を収めた向井は、今は第一線を退いています。妻に浮気をされて離婚を余儀なくされた向井は、私生活でも仕事でも力強さを感じません。流されているわけではないものの、強い意志を表明する事もないのです。

大学時代の友人で会社社長 顔面至上主義の津田との交流は、そんな向井のひょろひょろとした生き方を際立たせます。上昇志向が強く、プレイボーイの津田を前に、男として嫉妬すらしない向井。向井は、自分を捨てた妻に対しても、やんわりとした愛着を持ちつつも、言葉にすることができません。

本作品は、そんな向井を中心に、向井の(元)妻、津田、津田との仲良しのキャバ嬢サオリらの、ある意味ゆるゆるの交流が描かれています。

1991年、向井と津田の大学での出会いから、向井と妻の別離、その後が、時制を前後して語られていきます。過去からの積み重ねではなく、時が行ったり来たりすることで、肩の力が抜けてしまうから不思議です。深刻さを胸に仕舞い込み、事実を受け止めてそれに折り合いを付けていく様は、あるべきおっさんライフとでも言いましょうか。鬱陶しくならない距離感での友情は、羨ましくさえあります。

そんな中、向井が、元妻の身体を気遣い、涙するシーンは良いですね。

「生きててよかったよ、本当によかった」僕はぼろぼろ泣いていた。心から、出てきた言葉をいった。・・・生きていたことの安堵感と、僕のせいではなかったことの解放感とがない交ぜになった。

思いの丈がポロっと出てしまう、そんな瞬間です。

さて、本作品では、顔面至上主義 津田の、キャバ嬢を口説くときのテクニックが披露されています。顔を褒めずに、靴を褒めると話が弾むそうなのですが、果たして効果の程は如何でしょうか。

  • その他の長嶋有 作品の感想は関連記事をご覧下さい。