【本の感想】長嶋有『タンノイのエジンバラ』

長嶋有『タンノイのエジンバラ』

長嶋有作品には、そこはなとなく寂しさが漂います。

ストーリーは、殊更に暗いわけではありませんが、直截に描かれていない事を想像してしまうと、ちょっとキュンとなってしまうのです。主人公たちは、心に傷を負っていても淡々と生きています。辛い、悲しい、苦しいが、ダイレクトに表現されてはいません。それがゆえに、却って気持ちがざわめきます。

『タンノイのエジンバラ』は、そんな、ざわめきを感じる短編集です。どの作品の背景にも不倫があるからか、当事者や周辺の人々の痛みに感じ入ってしまいます。

■タンノイのエジンバラ
失業中の男と、隣家の小学校低学年 少女との、細やかな触れ合いを描いています。

押し付けられるように少女を預けられた男の、突き放したような距離感が良いですね。母親に捨てられたのかと疑念を抱きながらも、淡々と少女との会話を重ねる男。それぞれの不幸が見え隠れするものの、それを読者に直截訴えかけてくるものではありません。

■夜のあぐら
愛人の元に奔った父を持つ、姉妹と弟のひと時を描いています。

死期の近づいた父と、愛人、母、そして姉妹、弟、それぞれの複雑な思いが交差します。著者の作品には、上手くいかない夫婦の姿が、多く垣間見られます。例えば、『ジャージの二人』、『パラレル』(リンクをクリックをいただくと感想のページへ移動します )。心に傷を負いながらも現実を受け止めて対処していこうとする人々の姿が、活写されていきます。寂しさ満開の作品です。

■バルセロナの印象
スペインへ観光に訪れた夫婦と、夫の姉とのゆるゆるな日々を描いています。

半年前に結婚した夫婦と、半年前に離婚した姉という御一行で、傷心旅行の趣があります。姉を励ます旅ではあるものの、上手くいかないじれったさが滲み出ています。

■三十路
パチンコ屋でアルバイトをしている、女性の日々を描いています。

上司と不倫の末、前職のピアノ講師を辞めた彼女は、ワンルームにあるグランドピアノの下で寝起きをしています。この時点で、切なさをひしひしと感じるのですが、バイト先で知り合った男性との関係と、その結末には、寂しいようで暖かいという不思議な感覚に陥ってしまいました。本短編集のオススメ作品です。

著者の作品からは、紆余曲折ある人生に対して、どう向き合えば良いかのヒントが貰えます。肩肘張って虚勢を張るのではなく、あるがままにを受け入れる、というスンタンスでしょうか。

自分も、他人には淡々としているように見えるそうですが、内心は嵐が吹きっ放しという時もありましたねぇ。今は、歳のせいか、殆ど凪いでいますが。

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