【本の感想】長嶋有『猛スピードで母は』

長嶋有『猛スピードで母は』

2001年 第126回 芥川賞受賞作。「猛スピードで母は」
2001年 第92回 文學界新人賞受賞作。「サイドカーに犬」

小学校高学年の頃、両親についをどんな思いを持っていただろう、と考える時があります。

小学校低学年までは、世界の中心には父さんと母さんがいました。中学生になると、友達や異性と自分の関係に比重が移り、親の存在が鬱陶しくさえなっていきます。親にべったりするわけではないけれど離れ難く、友情や愛情の何たるかも実は良く分からないときが、小学校高学年ぐらいでしょうか。

長嶋有『猛スピードで母は』に収録の『サイドカーに犬』、そして芥川賞受賞作『猛スピードで母は』は、どこかに置き忘れてきた、そんな子供の頃の気持ちを思い出させてくれます。

『サイドカーに犬』では父の愛人との同居した数日を、『猛スピードで母は』ではシングルマザーである母と恋人との別れを、それぞれ小四の薫と小五の慎の目線で描いています。

他所から見ると、決して幸せではない薫や慎の家庭。そこが彼らの世界の全てだから幸も不幸もないのでしょうが、薫の父の愛人 洋子さん、慎の母の恋人 慎一さんの登場により、彼らなりに日常に起きたさざ波を感じています。けれども、二人は、それについて誰かに問うことはしません。居心地の悪さを抱きつつも、答えを得ることによって失うものがあるという思い。子供は、子供なりに気を使うのです。シチュエーションは違っても、誰にでもあるんじゃないでしょうか。

無邪気に親と向きあうでもなく、かといって割り切ることも無視することもできない。なんとなく誰かが傷つくことを恐れてしまう。そんな子供の心情が、簡潔で淡々とした文章から滲み出てきます。

本書の二作品は、共に読了後、爽やかな余韻を残します。『サイドカーに犬』は、描き方によって悲劇としても成立しそうですが、ちょっとした不幸せぐらいものともしない快活さがあります。こういう感覚で作品を創れるって、素敵です。

本書を読んで、ノスタルジックな気分に浸るとともに、薫や慎への愛おしさで一杯になりました。これは、自分が今や父親だからなのでしょう。

本作品が原作の、2007年公開 竹内結子、ミムラ 出演『サイドカーに犬』はこちら。

2007年公開 竹内結子、ミムラ 出演『サイドカーに犬』
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