【本の感想】吉田修一『初恋温泉』

吉田修一『初恋温泉』

自分の新婚旅行は、2泊3日の登別温泉でした。

住んでいた札幌から片道1時間半ぐらいなので、随分、手近で済ませたことになります。当時、忙しくて遠くに行く余裕はなかったのですが、「それはそれで新鮮!」みたいに、自分なりの個性を表したいという妙な意地もあったのです。

それ以降、毎年、どこかの温泉に出かけました。

温泉に浸かってゆったりするのが、家族の恒例行事です。写真で振り返えると、浴衣を着た子供たちが、どんどん大きくなっていくの分かります。上の二人が、いつ自分の背丈を越してしまったのか、きっちりと証明されています。行く先が違っても、自分にとって温泉旅行は、定点観測みたいなものなのです。

吉田修一『初恋温泉』は、実在する温泉宿で繰り広げられる、5組のカップルの物語です。

湯煙の中に、人生の機微が透けて見えるような作品集となっています。ホンワカあり、ほろ苦ありで、身体の芯までじわーんとなるのが、”吉田”温泉の効能なのです。

■初恋温泉
事業で成功を収めた夫と、その夫に突然、離婚を切り出した妻との一時。高校時代の初恋の女性と結ばれた男性の、いつの間にかすれ違ってしまった思いが描かれています。妻との出会いから、彼女のために仕事で奮起してきた過去を振り返っていきます。男の自分からすると、何とも切ない物語です。

■白雪温泉
雪の中の一軒宿へ投宿した、結婚目前のカップルの一夜。照明がランプという、風情のある温泉宿が舞台です。おしゃべりな似たもの同志の二人は、襖一枚隔てた隣室の、無言のカップルの様子が気になって仕方がありません。ランプのように、温かみのある素敵なお話しです。

■ためらいの湯
ダブル不倫の男女の温泉旅行を描いています。出張と妻を欺き、不倫相手との逢瀬に向かう、男の焦りが情けなさを誘います。こういう馬鹿さ加減は、ステレオタイプではありますね。そうは問屋が・・・ という可笑しさが良いのです。

■風来温泉
妻と喧嘩し、一人温泉宿にやって来た男を描いています。男は、仕事の成績を上げることのみに情熱を傾けてきた人生を振り返っていきます。ふと立ち止まったがゆえに、迷いの中に入ってしまうのです。「初恋温泉」と同様、幸福のかたちを問う作品です。

■純情温泉
温泉旅行を計画した高校生の男女カップルを描いています。小遣いをはたいて、親に内緒の初めての温泉旅行です。彼らは、二人だけの世界しか想像できないと公言します。そんな幻想は早々に無くなってしまうでしょうが、この年代の初々しさが羨ましくもあるなぁ。

自分の温泉旅行を命名するなら、「思い出温泉」となるでしょうか。(パっとしない・・・)

ちなみに、温泉旅行は、楽しいことばかりじゃありません。次男が幼児の頃には、浴場で転んで頭を強打し、脳外科へ直行なんて事件もありました。そんなこんなも含めて、温泉旅行は、色々と思い出深いのです。

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