【本の感想】吉田修一『静かな爆弾』

吉田修一『静かな爆弾』

雪が降ると人恋しくなります。

自分は、雪を見ると、条件反射的に寂しさの頂点に達するようです。冬にはあまり、良い思い出がないからかもしれません。今更、恋に焦がれたいわけじゃないのですが、人が人を愛する温かい気持ちに触れてみたいとは思います。人の恋バナを聞きたくて、ウザイおっちゃんになるのもこの時期です。自分の子供らは、さぞ嫌な思いをしていることでしょう(止めないけどね)。

自分の私見(偏見)ではあるけれど、恋愛小説は、恋に落ちる二人の出会いがどれくら素敵なのかに尽きると思います。それなくして、男女のすったもんだを延々と読まされるのは、堪りません。始まりが良いからこそ、二人の結末がどうであれ、感動を与えるのではないでしょうか。

吉田修一『静かな爆弾』の男女の出会いは、染み入るように恋の予感が表現されています。

テレビ局で働く早川俊平は、ある日、公園で聴覚にハンディキャップを負っている響子と出会います。音で世界が隔絶されている二人。

今、この瞬間のことを思い起こしてみると、そこにまったく音がない。響子に話しかけた声も、落ち葉を踏んだ音も、公園の外を走る車の音も、そこにはあったはずなのに、まるで額縁の中の絵のように音がない。

俊平と響子の、惹かれ合っていく過程がとても自然です。住む世界の全く違う二人が、偶然出会って恋をする。二人を結びつけるような出来事は、何も起きません。二人のちょっとした仕草に、トキメキを感じさせるのが、著者の巧さなのです。

男女のどちらかがハンディキャップを負っている場合、読み物としては、恋愛感情の他に庇護者としての側面を描くことが多いでしょう。その手の作品は、ともすれば居心地の悪さを感じますが、本作品はそういう感情を抱くことはありません。文体が乾いているからか、湿度は極めて低いのです。

俊平は、怒りを沸騰させやすい男です。そのために、過去の恋人たちとは破局をしてしまっています。しかし、響子とは、音を介して意思を疎通することができないため、気持ちをコントロールできる間があります。俊平にとっては、付き合いやすい女性なのです。「俺のそばにいてほしい」という俊平に、一緒に暮らす自信がないと返事をする響子。

告白すれば、このとき俺は、顔を見られるのが怖かった。自分では本気で一緒に暮らしたいと思っているのに、そこに、背けた顔に、安堵の色が浮かんでいるような気がしたのだ。
 不思議な感覚だった。悲しいのに、ほっとしていた。ほっとしていたのに、一緒く暮らせないことが悲しかった。

自分には、こういう気持ちは良く分かります。本音とも嘘ともつかない言葉を、思わず口に出してしまったとき、その拒絶に安堵と悲しさが混じり合ってしまうことはないでしょうか。

本作品は、俊平の心の動きを描いているため、響子の心のうちは読み取れません。大きな仕事に熱中するあまり、響子とのすれ違いを繰り返す俊平。突然、響子は、俊平の元から姿を消してしまいます。理由が分からず、俊平は戸惑うばかりです。響子が、如何に大切な存在だったか思い知らされます。さてさて、二人の結末は ・・・  

タイトルの『静かな爆弾』は、外国人が日本人を評するサイレント・ボム(Silent Bomb)からきてるのでしょうか。男性から見たら、女性は総じてサイレント・ボムなんだろうなぁ。

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