景勝地として人気の高い、桂川渓谷で発見された幼児の死体。殺人事件の容疑者として逮捕されたのは、渓谷近隣の、寂れた市営団地に暮らす幼児の母親 立花里美でした。里美は、取り調べで、隣家に住む尾崎俊介の関与を仄めかします。里美と俊介に、男女の関係があったというのです。全く身に覚えのない俊介ですが、無実を知っているはずの妻かなこ は、二人の関係を認める発言をしてしまいます。
戸惑う俊介は、何故か警察の取り調べで、里美とかなこ の証言が真実であると語り始めます。俊介の行動に疑問を抱いた週刊誌記者 渡辺は、事件の背景を探るうちに、尾崎夫妻の隠された過去に気付いていくのです ・・・
吉田修一『さよなら渓谷』は、殺人事件そのものをテーマとするミステリとは違います。事件は、俊介とかなこ の凍りついたような不可思議な関係が、動き出すきっかけに過ぎません。本作品は、心を抉るような愛憎の物語なのです。湿度が少ないながら、がっちりと気持ちを掴まれてしまうのが、著者の恋愛小説。本作品も、ひとつの愛のかたちを提示する恋愛小説です。
過去の悲惨な出来事から抜け出せない、俊介とかなこ。俊介とかなこ が、それでも二人でいる理由、だからこそ離れられない理由は、読み手に大きくのしかかってきます。赦されたいけれど、それは別れを意味する。赦したいけれど、赦すと自分を見失ってしまう。二人の思いが交差する地点で、胸がアツくなってしまいます。
哀しみや憎しみから出発する愛もある。そして、それは真実の愛に辿り着くのかもしれない。現実的かどうかは別として、本作品は、自分にとって深い感銘を残したのは確かです。
本作品が原作の、2013年公開 真木よう子、大西信満 出演 映画『さよなら渓谷』はこちら。
原作も良いけれど、映像も良いですね。切ない系のストーリーで、俊介役の大西信満が、ぴったりとハマっています。 二人が暮らしを共にするまでは、原作にはありません。そこを冗長と捉えるかどうかで、評価が分かれるでしょうか。
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