【本の感想】山本博文『切腹 ~ 日本人の責任の取り方 ~』
入社したての頃、会議に遅刻した自分は、10歳ぐらい上の先輩から「新撰組なら切腹だ!」と叱責を受けました。ミスをしても怒らない温厚な方だったのですが、こういうルーズな態度は許せなかったのでしょう。それにしても切腹って!・・・神妙な顔を作りながらも、そんな大袈裟な、と思ったのを憶えています。
山本博文『切腹 ~ 日本人の責任の取り方 ~』は、切腹を題材に、日本人的な責任論を展開するものです。
主命により死を賜る江戸時代の武士たち。制裁的な措置ならばともかく、理不尽な理由であってもプライドを持って命を投げうつ事例が、多数取り上げられています。自身の潔白を証明するために腹を切る。悪口を言われたので腹を切る。喧嘩をしたので腹を切る。上司に責任をなすりつけられて腹を切る。 ・・・
武士の世界は楽じゃありません。何かあると後難を恐れて親戚一同が、腹を切るよう説得(所謂、詰腹です)するなんて、切ないじゃありませんか。本書に掲載されている431人の生き様・・・ではなく、死に様に目を通しているうち、辟易としてしまいました。
何せ、武士の命は、空気より軽いのですから。
印象的だったのは、著者が表現する日本的忠義精神である「君、君たらざれども、臣、臣たり」という言です。本書を読むと、この時代に生まれついていない幸運を喜びたくなります。何せ、冒頭の自分のルーズな態度は、日本的忠義精神があるかどうかは別として、切腹ものだったのです。
日本のトカゲのしっぽ切りは、江戸時代から今でも綿々と続いています。政治絡みのニュースには、如何にもなものが散見されます。しかしながら、現代は、しっぽを切られる側の潔良さとか矜持は、かなり劣化しているようです。いや、「君、君たらざれども、臣、臣たり」に値する、忠義を尽くすべき対象が存在しないというのが大きな問題でしょうか。
ちなみに、自分を叱責した先輩は、仕事が上手くいった時に青山の回らない寿司屋に連れていってくれました。もちろん、先輩の自腹です。こういう男気にある大人はめっきり少なくなりました。自分を含めてですけど・・・
乙川優三郎『生きる』(直木賞受賞作)は、追腹(殉死の意)を切らなかった武士の不幸を描いた作品です。本書を念頭におくと一層、感慨深いものがあります。
1962年公開 仲代達矢、岩下志麻 出演 映画『切腹』をご参考までに。