【本の感想】加賀乙彦『死刑囚の記録』
加賀乙彦『死刑囚の記録』は、東京拘置所の精神科医官として勤務した著者が、多くの死刑囚と接見して、彼らの拘禁心理を研究成果として著したものです。
死に至る病は心身ともに衰弱していくのですが、死刑は全くの健康体であっても命を奪われます。最期を迎えるその間際、人はどのような精神状態に陥るのでしょうか。 自分が本書を手に取ったのは、絶対に体験したくはないけれど、その心の内を覗いてみたいという、あまり誉められない欲求からです。
死刑囚には、死刑がいつ執行されるかが分かりません。そのような状況下にあって、彼らの精神がどのように変化していくかを、著者は、経験した事例をパターン化しながら論述していきます。死刑囚となった時点の諦念とか覚悟は、終わりの見えない拘禁生活の中で、千々に乱れるようです。これは想像するに難くはありません。死に至る病であれば、生きようというモチベーションを持てますが、死刑は宗教などに救いを求めない限り(否、求めたとしても)ネガティブな感情にしか支配されないのですから。
本書の事例は、1950年代が中心です。著者と、有名な(?)帝銀事件、三鷹事件の死刑囚とのやり取りが記録されていて資料として興味深く読むことができます。昨今では、死にたいから、という理由で無差別殺人を犯すものもいます。果たして、彼らは拘禁生活の中で、自身の心の内に何を見出すのでしょう。
本書は、死刑が確定して以降の受刑者のその後を知り、人道的な観点から様々な意見を喚起する貴重な一冊です。死刑囚と対峙する、著者の精神力の強さには脱帽します。死刑廃止云々は本書の扱うところではありませんが、著者のこのことに関する主張は、文章から自ずと伺い知ることができるでしょう。
本書は、どこか物語的です。それは、著者が作家としての著作活動があるからかな。