【本の感想】吉田修一『橋を渡る』

吉田修一『橋を渡る』

吉田修一『橋を渡る』は、別々の3つの物語が、最終話の70年後の未来で一つにつながるという(著者にしては)珍しい展開の作品です。

ちょっとだけ波乱ありの日常が描かれるのですが、一体どこへ連れていかれるか分からず最終話でテンション下がり気味。しかしながら、終盤にかけて盛り返してきます。SF作家ではないので、そこは多めにみましょう。

2014年の「東京都議会のセクハラやじ問題」が、さらりと触れているのですが、これは吉田修一流の抗議の表れ?それとも、2014年という時代の一コマを切り取って見せただけでしょうか。ココを通底音にすると、確かにおっ!とはなりますね。

■春ー明良
新宮明良と妻歩美の日々が描かれています。ビール関係(?)の明良とギャラリーを営む歩美は、子のいないのもあって、姉の子孝太郎と同居しています。明良は不倫関係にあった恋人 真沙への思いが立ち切れず、歩美は売り込みに来る画家 朝比奈健二を門前払いしたことから仕事を干されつつあり、と悩みを抱えています。おまけに孝太郎の彼女が妊娠してしまい・・・

■夏ー篤子
赤岩篤子は都議会議員の夫 貴広、息子 大志の三人暮らし。篤子は、貴広のゲイに対する差別意識や、友人 江原から札束を貰っていることにハラハラ。篤子の母 貴子は再婚するし、ママ友 亜弥ちゃんママとスイミングの大矢コーチは駆け落ちするわで、心穏やかではありません・・・

■秋ー謙一郎
ドキュメンタリーの取材を生業にする里見謙一郎は、婚約者の薫子と結婚間近。しかし、薫子は和太鼓社会人サークルで一緒の妻帯者 結城と密会を重ねているようです。やっと取材を許可された研究者 佐山教授との交流を深めるも、薫子の件で忸怩たる思いは消えません。そして、とうとう・・・

■そして、冬
2085年 兵士 外村響は、佐山教授の遺伝子研究から生み出されたサインです。根強い差別に晒されたサインを憂う響は、70年前から人間が移送されてきたニュースを知ります。響は同じ境遇の名波凛と逃亡を図り、タイムトラベルしてきた男の元へ向かうのでした・・・

これまでの登場人物たちの系譜が、きっちりと繋がります。ちょっとした喜びを感じてしまいました。ここを詳しく書いてしまうと、ネタバレになってしまいますね。「橋を渡る」は、未来をも含めて一歩前進の意味合いでしょう。著者は、エピローグで、さらにぐっとしめてくれます。通俗小説?からのSF?からの・・・という、小説のつくりとして楽しませる作品です。

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