【本の感想】吉田修一『路 (ルウ)』

吉田修一『路 (ルウ)』

吉田修一『路 (ルウ)』は、台湾新幹線プロジェクトに携わった人々と、その周辺を描く群像劇です。

初めて日本の新幹線の技術を輸出したのが、台湾高速鉄道。着工は2001年で、開業は2005年の予定でしたが、アライアンスを組んだ欧州とすったもんだがあり、2007年にずれ込みました。

物語は、現地台湾で、日本の威信をかけたプロジェクトを完遂せんと奮闘する人々を中心に展開します。プロジェクトの進捗と、それに伴う人々の悲喜こもごも、そして成長の姿が描かれます。

2001年、入社四年目の多田春香は、本作品の主要な登場人物の一人です。春香は、どこにでもいるような快活な女子。恋人の池上繫之を日本に残し、台北へとやって来ています。実は、春香は、6年前の大学生の頃、旅先の台北で知り合ったエリック、こと劉人豪がずっと心に残っていたのでした。現地の同僚らの力を借りて、人豪の行方を捜す春香でしたが、人豪の消息は杳として知れず・・・。一方、人豪は、入れ違いに春香のいる日本で建築の仕事に就いています。人豪も、また、春香への想いを持ち続けていました。

春香と人豪の、長きに渡るすれ違い、再会、それから・・・、が本作品の大きな幹となります。想い想われた二人が、9年の時を経て再会した際の、淡々とした素振りが印象的です。想いが募り過ぎると、却って激情には駆られない、という方がリアル。幾度会っても、上手く気持ちを言葉にできない二人が、じれったくもあります。鬱を患ってしまった恋人のことを”好き”、より”心配”と、人豪に告げる春香。恋愛未満を続ける二人が、初対面の頃の、お互いの気持ちを伝えるシーンには、きゅんとんなりました。

もう一つ、自分がきゅんとなるのは、葉山勝一郎のエピソードです。

70歳の葉山勝一郎は、定年の日々を過ごしています。妻曜子を失くし、戦時中、親友であった台湾人の中野赳夫こと、呂燿宋を思い起こすのでした。曜子に恋心を抱いていた燿宋に冷たい言葉を吐き、終戦を迎えて帰国してから交流を絶ってしまった勝一郎。今だに、澱のように溜まる後悔の念に苛まれています。そんな勝一郎と燿宋と再会もまた、本作品に彩りを添えています。勝一郎の思いの丈が詰まった第一声が、ぐっくるのです。

その他、春香の上司 安西さんと現地のクラブホステス ユキ、かき氷屋のアルバイト陳威志と妊娠して留学先のカナダから戻ってきた張美青、といった登場人物たちの人間模様が描かれています。プロジェクトの遅延が続きプレッシャーに押し潰されそうな安西さんは、日本本国にいる妻に離婚を拒否されています。不安定なユキとの関係に、時に我を忘れてしまう安西さん。一方、軽やかに生きる威志は、誰とも知らない子を生んだ美青と、あっけらかんとした付き合いを続けます。この二組の対比は、面白いですね。なお、威志と美青もまた、春香と人豪、勝一郎と燿宋、同様、再会の物語です。

本作品の登場人物たちは、ユルくつながっているだけで、それぞれに別々のストーリーが紡ぎ出されます。2005年 試運転で300km超えた台湾高速鉄道は、様々な壁にぶち当たっていた彼らの、新たな一歩を象徴しているようです。

本作品は、恋愛小説であり、成長小説でもありますが、いつもの吉田修一節は見られません。色んな作品を書ける作家さんなんですね。

葉山勝一郎の、過去に思いを馳せるシーンで観た映画が、1989年公開 李天禄、陳松勇 出演 映画『非情城市』です。

1989年公開 李天禄、陳松勇 出演 映画『非情城市』

本作品は、テレビドラマ『【道】~台湾EXPRESS』として、2020現在、放映されています。

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