視力を失った女性と、その家に逃げ込んだ殺人事件の容疑者が演じる無言劇です。孤独な二人が同じ空間を共有しながら、心を通わせていく様が感動を呼びます。意外な真実で幕を閉じますが、とても晴れやかな気分になる…
【本の感想】乙一『死にぞこないの青』
乙一『死にぞこないの青』は、気持ちがざわめく物語です。
小学校5年生に進級したマサオは、ちょっと太めの運動オンチ。勉強は中より少しマシぐらいの、大人しくて、クラスの中では目立たない存在です。他愛のない話で盛り上がる仲の良い友達がいて、それなりに楽しく過ごしているという、どこにでもいる少年。
自分の小学生の頃も、マサオのようだったと思います。先生ばかりでなく、クラスの人気者にも満足に話しかけられず、同じ趣味の冴えない子と変わり映えのしない話をするのが楽しみでした。
マサオの担任の羽田先生は、学校を出たばかりのスポーツマン。爽やかで快活な羽田先生に、4月早々から、マサオやクラスの皆、お母さんたちも信頼を寄せています。
マサオは、クラス委員の選考の際、ちょっとした行き違いで、皆から浮いてしまいます。ちょうどその頃、羽田先生も、生徒たちから指導のあり方に対する不満の声が上がり始めていました。羽田先生は、生徒たちの非難を逸らすため、マサオを徹底的に叱りつけるようになります。全てをマサオのせいにして、クラスの皆に宿題を課したり、居残りをさせたりするのです。マサオがちゃんとしないから、という理由で。クラスの目はマサオにのみ向けられ、すべての不都合の原因がマサオであるかように振舞われます。
マサオは、生贄の羊です。
自分は、この件を読んでいて、総毛立ってしまいました。先生という小学生には絶対的な権力者が、一人の引っ込み思案の少年を、逃げ道のない孤独に叩き込みます。羽田先生は、マサオが上手くできることでは、皆を見て蔑みの笑いを浮かべていたと攻撃します。徐々に、仲の良い友達は去り、クラスの子らは、冷たい視線を浴びせるようになります。
いじめとして、明確に伝えることができない恐怖。
クラス全体が、ただ、そういう雰囲気になっているだけです。絶望に陥り、自分は、クラスの最下層の人間だと納得し始めるマサオ。羽田先生から、”悪い子だ”と繰り返し宣言させられます。読み進めると、マサオの悲しみに、そして息苦しさに、気持ちが波立ちます。怒りに似た感情で、胸が一杯になってしまうのです。
そんなマサオにだけ見える全身青色で傷だらけ、拘束衣を着た少年”アオ”。マサオの屈辱を見守るように現れては消えるアオは、口が縫い付けられているので話しをすることができません。自分の運命を諦めかけたマサオ。マサオへ、もの言いたげなアオ。マサオへの肉体的ないじめが加えられようとしたとき、アオはマサオと一つになります。そして、アオは、ようやく口を開きます。「先生を殺せ」と・・・
マサオは、アオの導くまま行動を開始するのですが、果たしてどうなるのでしょう。そして、アオとは何もなのか。
自分は、ビルドゥングスロマンが大好きで、読了時はいつも甘酸っぱい感傷に浸ってしまいます。本作品も、ビルドゥングスロマンといってよいでしょう。ただし、劇薬入りの ビルドゥングスロマンです。読了時には、甘酸っぱさも、清々しさも残りません。後味が決して悪いわではないのですが、目の覚めるような痛烈さで、気持ちが騒めいたままです。本作品は、著者が、何の制約もなく好きなことを書いたのものだそうです。ひょっとして、少年期と重なるところがあるのでしょうか。
本作品は、子供の無垢な残酷性を切り取って見せてくれます。教育者にも読んでもらいたい一冊です。
本作品が原作の、山本小鉄子画 漫画『死にぞこないの青』はこちら。
2008年公開 須賀健太、山村美月 出演 映画『死にぞこないの青』はこちら。
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