【本の感想】乙一『さみしさの周波数』

乙一『さみしさの周波数』

いちばん下の子が、冬休みに入りました。

自分の子供らの悩みの種は、読書感想文。普段からあまり本を読んでいないので、文芸よりの作品は苦手のようです。自分が本を選ぶお手伝いをするのですが、まずは目を通してからということで、乙一『さみしさの周波数』を読んでみました。

『GOTH』『ZOO』は、小学生の感想文には適さない(と思う)ので、『失踪HOLIDAY』のような、せつない系のライトノベルを選択したわけです。

本書『さみしさの周波数』は、著者らしく平易で簡潔な文章に、じんわりと感動を織り込んています。羽住都描くところのカバーイラストや挿絵も作品世界にフィットしているし、年齢問わずに楽しむことができる短編集です。

著者のあとがきを読むと、本書の収録作品は、編集者から「せつない話特集」や「こわい話特集」の依頼を受けて書いたもののようです。全作品に通底するのは、やはり、”せつなさ”と、なるでしょうか。

■未来予報 あした、晴れればいい
小学校の同級生、僕と清水は、転校生の古寺から二人の未来を聞かされます。古寺は、どうやら未来を予報する力があるらしい。どちらかが死ななければ、二人は何時かは結婚するのだといいます。それ以降、僕はなんとなく清水を避けるようになるのでした。そして10年後・・・

誰にでもある、愛とか恋とかいう以前の面映ゆい関係が、懐かしく思い出される作品です。大人になっても将来を考えることから逃げてきた僕、小泉は、10年後、死を目前にした清水との触れ合いを通して、自身を見つめ直していきます。「せつない話特集」のために書かれた、せつなさ満開の成長物語です。

■手を握る泥棒の物語
伯母の金を盗むことを決めた俺。映画撮影の見学で、娘を連れた伯母が、旅館に宿泊中であることを知りました。絶好のチャンス!俺は、誰もいない時間を見計らい、ドリルで壁に穴を空けて、伯母のバックを持ち去ることにしました。ところが、バックを手探りしているうちに、俺は、腕時計を落としてしまいます。伯母は、俺の腕時計を見知っているはず・・・。焦った俺は、壁越しに誰かの手を思わず掴んでしまいました。何と、娘は外出していなかったのです・・・

壁一枚を隔てて、泥棒と娘が手を取り合っているうちに、つながりを持ち始めるというキュートな作品です。途中から先が読めてしまうのですが、それでもオチにはニンマリされられてしまいます。

■フイルムの中の少女
映画研究会の私が、部室で見つけた封印されたフィルム。そこには、いるはずのない制服を着た少女が写っています。しかも、見る度に、こちらを振り向こうとするのです。私は、彼女が何者なのか調べることにしたのですが・・・

「こわい話特集」のために書かれたミステリ仕立てのホラーですが、どこから見ても中途半端な作品となっています。不必要にグロテスクな表現や、納得のできない顛末に不満が残ります。この作品は、いただけません。

■失はれた物語
事故で五感を失った主人公。唯一、右腕だけに感覚があり、人差し指を動かせるようです。元音楽教師の妻は、人差し指の上下で、自分とコミュニケーションを取ります。やがて妻は、右腕を鍵盤に見立て音楽を奏でるようになるのでした。しかし、何年たっても主人公の五感は、回復することはありません・・・

孤独感や閉塞感が強くて、重苦しいトーンに覆い尽くされた作品です。娘の成長も右腕だけでしか感じられない主人公が、痛々しいですね。自身で死の選択ができない主人公がとった、最後の手段とは何か。忘れることのできない名品です。

さてさて、うちの子の冬休みの読書感想文は、『さみしさの周波数』になるでしょうか。読んでくれるかな?

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