【本の感想】原田マハ『たゆたえども沈まず』

原田マハ『たゆたえども沈まず』

原田マハ『たゆたえども沈まず』は、フィンセント・ファン・ゴッホ、テオ兄弟と、パリの日本人美術商の物語です。

美し過ぎる兄弟愛と友情がつづられていますが、そこはフィクションということで。本作品と同時代の画家たちが主役の短編集『ジヴェルニーの食卓』も併せて読むと、絵画史におけるこの時代の位置付けについて理解が進みます。(リンクをクリックいただくと感想のページに移動します

本作品は、パリで美術商を営む林忠正を頼って渡仏した加納重吉と、若き画商テオドロス(テオ)・ファン・ゴッホの、二人の視点から物語がつづられます。林忠正、フィンセント・ファン・ゴッホの姿を、直接ではなく二人に語らせることで、物語に深い味わいを出しています。なお、林忠正は、実在の人物ですが、加納重吉は、著者が創作したキャラクターですね。

時代は、1886年から1891年。日本の美術を賞賛する「ジャポニザン」の風潮が生まれ、印象派が脚光を浴び始める頃。

加納は、浮世絵人気で飛ぶ鳥を落とす勢いの林の元で、研鑽に努めています。パリの中の日本人が、差別を跳ね返し、如何にして名を成していくかが、野心ぷんぷんに描かれています。そんな加納が、知己になったテオは、林から見ればライバル関係。伝統的絵画の画商でありながら、浮世絵と印象派に心を奪われているテオに、加納は心を通わせ始めるのでした。

商売人として妥協を許さない林は、ライバル テオに無防備な加納を叱咤します。しかし、テオの芸術に真摯な態度には、林は距離を取りながらも、一目を置くている様子。この無言の優しさが、パリの中の日本人の矜持でしょう。

テオには、フィンセントという零落した兄がいます。何をやっても上手くいかない癇癪持ちで酔っ払いの兄を立ち直らせるべく、テオは心を砕いています。フィンセントが、やっと辿り着いたのは絵画。テオは、兄の才能を信じ、印象派の次の時代の幕開け(第三の窓)を感じています。そして、林もまた、フィンセントを認めているのでした。

本作品は、フィンセント・ファン・ゴッホの生涯に、林忠正を絡ませて、よりドラマチックに仕上がっています。実際に、ゴッホ兄弟と林に交流があった事実は見つからないそうですが、著者の想像としてもリアリティを強く感じるでしょう。画材商ジュリアン・タンギーの肖像画制作、ゴーギャンとの創作活動、耳切り事件、そして拳銃自殺と、事実に即したエピソードが語られます。拳銃自殺には、遠因としてテオの行動が伏線としてあり、物語としての起伏も十分です。

タイトルの「たゆたえども沈まず」(Fluctuat nec mergitur)は、セーヌ川のこと。落ち込んだフィンセントに向けて、林がアドバイスするシーンが印象的です。

冒頭とラストは、著者お得意の、現在(1961年)から過去、過去から現在への行きつ戻りつです。分かっちゃいるけど、これには冒頭から興味がそそられてしまうんだよなぁ。

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