三十代後半から五十代までの、シングルの女性が主役の短編集です。一人きりの人生では、伴侶であれ、親子であれ、友人であれ、自分が誰かの大切な人であると思えるそのことが、心の拠り所なのです。
【本の感想】原田マハ『#9(ナンバーナイン)』
原田マハ『#9(ナンバーナイン)』は、パッとしない女子が、ひとかどの男に見初められ磨かれていくうちに、才能を開花させてしまうという、シンデレラ・サクセス・ストーリーです。
さして向上心のないまま日々を過ごすOLさんが、ふとしたきっかけで恋にキャリアにと、全く別のステージに上っていくのです。 女性読者が好むよくあるお話といえば、それはその通りなのですが、だからこそ如何にオリジナリティを出していくかが、作家のウデの見せ所。
深澤真紅は、ジュエリー・ショップで上海の実業家 王剣と出会います。この王剣の真紅へのアプローチの仕方が実に粋です。ヘタすれば、ルックスへの絶大なる自信と懐具合にたんまり余裕があってのことと、僻み根性が湧き起こるのですが、ここは巧く封じ込めてくれました。
真紅は、王剣に招かれるまま上海に向かいます。
王剣からあてがわれたのは緑葉西路13号弄9号(ナンバーナイン)の一軒家。真紅はそこで暮らし、王剣のために美術品の収集に尽力するようになります。乾いた砂が水を吸うように、アートを学び、審美眼を研ぎ澄ましていく真紅。ひとめ惚れたした男のためにアートの世界に没入していきます。
恋のライバル美形の才女、王剣の秘書 江梅登場で、心かき乱される真紅。ここもまた、お約束通りですね。真紅は、圧倒的な上から目線で凹まされるわけですが、圧が強ければ強いほど、どう見返してくれるのか期待が膨らみます。
さぁさぁ、プリティー・ウーマンよ、ハッピー・エンドへ向かいなさい!
と、読み進めていたらば、真の王剣の姿が明らかになるにつれ、想定外の展開となってしまいます。
真紅は、疲れた心と身体を、マッサージ師 #9(ナンバーナイン)によって癒されることに無上の喜びを感じるようになります。たおやかな、と表現したくなる二人の触れ合いのシーンは秀逸ですね。この癒しの一方で、真紅の心に広がるのは、王剣に対するこれまでと異なる思い。単純明快なラブストーリーと思いきや、どうもそうすんなりとはいきそうもありません。そして、ついに決定的な事件が起こるのです。
傷つき上海を離れることとなった真紅。いつしか、江梅との友情が育まれていたのでした(おっと、ライバルが分かりあっちゃうのは如何にもです)。真紅は、いくつかの出会いと別れを通して、自立した女性へと生まれ変わったのでした ・・・ 王剣からここまでが僅か1年ほどです。持って生まれた才能とはいえ短期間にビッグに成長し過ぎかもしれません。
そして5年後。
アートの世界で名を成し始めた真紅は、再び上海の地を訪れます。そして悲しい事実を知ることになるのでした ・・・
二つの#9(ナンバーナイン)が、一人の女性の運命を司る本作品。都合良過ぎなのは否めませんが、ボーイ・ミーツ・ガールのありふれたラブストーリーとは違って、心の機微を謳いあげ、切なさをきっちりと印象付ける重厚な仕上がりになっています。本編を挟んだ前後のエピソードも効果的ですね。
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