パッとしない女子が、ひとかどの男に見初められ、才能を開花させてしまうというシンデレラ・ストーリーです。ボーイ・ミーツ・ガールのありふれたラブストーリーとは違って、せつなさをきっちりと印象付ける重厚な仕…
【本の感想】原田マハ『キネマの神様』
田舎から東京へ出た社会人一、二年の頃、暇を持て余して、よく名画座を訪れました。当時は、池袋、三鷹、三軒茶屋、飯田橋あたりをふらふらしたものです。さほど映画に詳しいわけではないので、ゴダール三本立てや、タルコフスキー二本立てなど、眠気に堪えつつ鑑賞したのを憶えています。
そんな週末映画三昧の頃に、有楽町で観たのがジュゼッペ・トルナトーレ監督作『ニュー・シネマ・パラダイス』です。映画愛に満ち満ちたラストは、涙なしには見られません(完全版も鑑賞して、二度泣きしてしまいました)。
原田マハ『キネマの神様』は、自分の、映画浸りだった20代の頃を思い起こされてくれる作品です。
円山歩は、17年務めた大手デベロッパーを辞めた、無職のアラフォーです。歩の父親 郷直は、無類映画好き、そしギャンブル好き。歩は、借金を作っては、母親に尻ぬぐいばかりさせる父親に業を煮やしています。
郷直は、人に迷惑をかけてばかりだけど、何故か憎めません。齢79にして、イノセントともいえる天真爛漫さが、郷直を特徴づけています。そう、映画のキャラクターのような存在なのです。
映画雑誌専門の『映友社』に職を得た歩は、同僚の新村と編集長高峰好子の引きこもりの息子 興太から、ウェブのリニューアルに伴い、郷直をスカウトしたいとの申し出を受けます。郷直の映画に関する雑文が、目に留まったのでした。
ギャンブルを歩に封印された郷直は、ゴウというペンネームで、ウェブサイト「キネマの神様」にコラムを熱心に書き始めます。やがて、ゴウのコラムは人気を集め、歩の後輩でワイオミングに嫁いだ柳沢清音の手によって、英語版も公開されるようになります・・・
仕事場、家庭、それぞれの不協和音の中にいた歩が、同僚や家族と団結して前進する姿に、ワクワクを感じます。郷直の人生観を垣間見れる「フィールド・オブ・ドリームス」のコラムが、また、良いのです。
ある日、悪い癖が出て手を抜き始めた郷直に、ローズ・バッドと名乗る者からコラムに対する批評が届きます(ローズ・バッドのハンドルネームはベタ過ぎですね)。ゴウ V.S. ローズ・バッドの、己の人生観がぶつかり合うライバル対決は評判を呼び、それに応じて映画雑誌『映友』の売上も右肩上がりです。ついには月星映画から、スポンサーの打診が。その額、何と一憶円!
うーん。シロウトコラムのシンデレラ(?)ストーリーは、出来過ぎ感は否めませんが、それは横に置いておきましょう。ここからは、ラストにかけてのクライマックスです。
郷直の友人 テラシンこと、寺林新太朗が経営するテアトル銀幕が、歩の元勤め先東京総合開発と月星映画のシネコン計画で、閉館を余儀なくされるのです。お世話になったテアトル銀幕をなんとしてでも残したい郷直。そして、父の気持ちを応援したい歩。月星映画のスポンサー話も絡んで、「シネマの神様」は絶体絶命の大ピンチ。如何ともし難い郷直は、ライバルのローズ・バッドにアドバイスを求めるのですが・・・
意外や意外なローズ・バッドの正体は!・・・、そしてどうなるテアトル銀幕!・・・「シネマの神様」は如何に!・・・。は、本作品の中だけで、読者はそうであろうな、と予想が付いているかもしれません。だからといって、感動が些かも棄損されないのは、本作品が優れている証でしょう。
本作品は、あちらこちらに映画好きならではの作品への言及があります。読了時、自分はよく観た映画を思い出し、暫しノスタルジックな感慨に耽りました。ラストを飾るのは、映画が上映されるシーンです。作中にタイトルは明記されていませんが、ニュー・シネマ・パラダイスだろうなぁ・・・。思い出したら、泣ける・・・。
なお、本作品が原作の映画『シネマの神様』では、郷直役は故志村けんさんが予定されていたとか。観たかった・・・。返す返す残念です。
2021年公開 沢田研二、菅田将暉、永野芽郁 出演 映画『キネマの神様』はこちら。
1988年 公開 フィリップ・ノワレ、サルヴァトーレ・カシオ 出演 映画『ニュー・シネマ・パラダイス』は、こちら。個人的には、完全版より、”じゃない”方が好みです。
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