【本の感想】原田マハ『ジヴェルニーの食卓』

原田マハ『ジヴェルニーの食卓』

原田マハ『ジヴェルニーの食卓』は、芸術家たちの人生のひと時を切り取った短編集です。登場するのはアンリ・マティスエドガー・ドガポール・セザンヌクロード・モネ。フォーヴィスムのマティス以外は、印象派の芸術家たちですね(セザンヌは、途中、袂を分かちましたが)。

収録されている4つの短編は、芸術家その人が主役ではなくて、彼らの周辺の人々が芸術家を語る、というものです。著者の、キュレーターとしての知見が遺憾なく発揮された作品集であり、現存する絵画から物語を構築する試みとして興味を惹かれました。読者は、本作品集を通して、著者の溢れんばかりの芸術愛を感じられるでしょう。

■うつくしい墓
マティスの家政婦であったマリアが語り手です。マグノリアの花を象徴的に使い、マティスの美意識を巧に表現しています。静寂のマティスと熱狂のピカソの交流を、著者は「相反し呼応するふたつの、この上なく豊穣な融合」を著わしています。美文ですね。マリアが、マティスの最期の報を伝えにいった時、それを邪慳に扱うピカソの思いが印象的です。

■エトワール
印象派に影響を受けたアメリカの画家メアリー・カサットが、語り手です。著名な画商ポール・デュラン=リュエルから、ドガの踊り子の試作(マスケット)を見せられ、往時を偲ぶメアリー。 14歳の小さな踊り子とのスキャンダルの裏の、ドガの偏執的ともとれる情熱が垣間見える作品です。踊り子がエトワールになる事の意味は、当時の世相を含めてお勉強になりました。

■タンギー爺さん
画材商で画商のジュリアン・タンギーの娘が、語り手です。娘からセザンヌへの手紙という体裁で、タンギー自身が貧しくとも、如何に新進気鋭の芸術家たちを支援したかが著されています。ゴッホやベルナールがタンギーの店で語らい、「美を凌駕する美」としてポスト印象派のセザンヌへ 期待をかけていた事が触れられています。タンギー爺さんをゴッホが描くエピソードなど見所はありますが、当のセザンヌは殆ど姿を見せません。

■ジヴェルニーの食卓
モネの義理の娘ブランシュが、語り手です。モネ(二人の息子あり)が、母アリス(四人の娘あり)と再婚し、貧しいいち芸術家であった頃から徐々に世に認められていく過程を、ブランシュの視点で愛情たっぷりにつづります。モネの一番の理解者ブランシュ。モネの息子ジャンと結婚するも死別し、その後は白内障を患ったモネの睡蓮装飾画の制作を傍で見守ります。印象派というと、とんがったイメージがありますが、著者は、モネの良き家庭人としての側面を描いています。

画集や解説書ではなかなか頭に入ってこない事柄であっても、小説になると理解し易いものですね。本作品集を読み終えて、著者の芸術系作品の長編を、手に取りたくなりました。

印象派については、吉川節子『印象派の誕生 マネとモネ』が参考になります。(リンクをクリックいただけると感想のページに移動します

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