【本の感想】辻村深月『凍りのくじら』

辻村深月『凍りのくじら』

辻村深月『凍りのくじら』は、自身の居場所がないと感じている女子高生が主役の連作短編集です。

芦沢理帆子は、藤子・F・不二雄が残した言葉「SFは(少し・不思議)」に倣って、スコシ・ナントカで物事を整理して考える癖がついています。

カオリは少し・ファイティング、美也は少し・フリー、加世は少し・憤慨・・・

少し・不在と自身を客観視する理帆子。学校では、目立つグループにいるようでいて、周囲と醒めた距離感を保っています。本作品は、そんな理帆子が経験するすごく・不思議(S・F)!な物語です。

本作品の各章のタイトルは、ドラえもんのひみつ道具の名前から取られており、内容もそれを象徴するものとなっています。例えば、「どこでもドア」では、自身のふらふらと定まらない世界を、どこでもドアを持っているようだ、と理帆子は評します。読者は、それぞれの短編において、ドラえもんのひみつ道具がどのような使われ方をするかを愉しみに、読み進めることになるでしょう。「カワイソメダル」「もしもボックス」「いやなことヒューズ」「ツーカー錠」「タイムカプセル」「どくさいスイッチ」「四次元ポケット」・・・ドラえもんラブならば、感涙ものです。

理帆子の父 芦沢光は、フォトグラファー。理帆子が小六の時に、病に犯され失踪してしまいました。以来、しっくりいかない母 汐子と二人暮らし。そんな、母親も、癌で闘病生活を送っています。少し・不幸な母・・・

ある日、理帆子は、初対面の別所あきらから、写真のモデルを依頼されます。少し・不健康な、別所の申し出を渋る理帆子でしたが、言葉を交わすうち、徐々に安らぎを覚えるようになります。少し・フラット・・・。ぽっかり気持ちに穴があいた理帆子をさりげなく癒す別所。理帆子の心を開いていく様子が見て取れるあたりで、真の愛を知る系の恋愛小説を予想しましたが、これはあっさりと覆されます。

理帆子の元カレは、弁護士を目指す若尾大紀。美しい容貌を持つ若尾は、傲慢そのものですが、司法試験に落ちた頃から情緒不安定になっています。理帆子に理不尽な付きまといをし、理帆子の友人に牙を剥く若尾。著者の作品には、壊れたイケメンがちょくちょく登場しますが、この若尾は、相当痛んだ青年です。少し・腐敗・・・。いえいえ、少しどころではありません。理帆子は、若尾の負のオーラに引きずり込まれそうになります。あれれ、別所はどうした?

理帆子が、偶然見かけた別所の姿を追って、知己になったのは小学4年生の松永郁也。郁也は、父の親友で、理帆子と汐子の面倒を見てくれている指揮者 松永純也の私生児でした。理帆子は、口がきけないながらピアノの才能を見せる、少し・不足な郁也、そして家政婦の、少し・フレッシュな多恵と親交を深めます。

物語は、そんな登場人物たちを巻き込んで、クライマックスに突入します。ストーカーと化した若尾をはっきりと拒絶した理帆子。それがトリガーとなって、若尾の感情は沸騰し、郁也へと向かっていくのでした・・・。

恋愛小説かと思いきや、サスペンスフル(S・F)な展開をみせる本作品。ラストは、そうか・ふむふむ(S・F)と意外なオチを付けてくれます。振返ってみれば、伏線が張られてはいるのですが、少し・不可解(S・F)な点も否めません。

エピローグは、25歳となったその後の理帆子の姿が描かれています。自身の命と引き換えるように、母が構成した父の写真集『帆』。そして、理帆子のピンチを救った出来事。凍りで窒息しそうなくじらの状態から、理帆子の今はどうなったのでしょう。うむむ、実に清々しい・フィニッシュ(S・F)です。

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