【本の感想】辻村深月『朝が来る』

辻村深月『朝が来る』

辻村深月『朝が来る』は、養子を貰った夫婦と、その子を中学生で産んだ少女の物語です。

本作品は、主人公が入れ替わり二つの流れを形成しています。養子の母の視点では、不妊治療のあれこれが、その子を産んだ母親の視点では、幼くして妊娠することのあれこれが、side-A、side-Bのように語られます。

栗原佐都子は、夫清和と充実した生活を送るうちに、出産に対してさほど積極的になれませんでした。夫婦双方の両親から孫の誕生を期待され、自身の年齢を勘案した上で、ではそろそろと佐都子は、ようやく出産に前向きになります。しかし、妊娠の兆候が一向に表れず、検査をした結果、清和は無精子症と判明するのです・・・

佐都子と清和は、一縷の望みを抱いて不妊治療を決意します。残り少ないチャンスに焦り、生活の全てが子を成すことに転じる夫婦。不妊治療の辛い現実が、描かれていきます。不妊治療ついては、自分も耳にはしますが、聞くのと文字で読むとは大違い。本作品は、浮き沈みしながら気持ちが右肩下がりに萎えていく様が、活写されています。

結局、佐都子と清和は、養子縁組を仲介する団体『ベビーバトン』を経由して、中学生 片倉ひかりの産んだ子を貰い受けるのでした。本作品の冒頭の、幼稚園生となった( 朝斗)の言葉を信じるエピソードでは、こういう経緯を知ってこそ、母となった佐都子の芯の強さを感じさせます。

ある日、朝斗の実母 片倉ひかりを名乗る女性が、佐都子と清和の前に現れます。脅迫めいた言葉を夫婦に投げかけるひかり。しかし、夫婦は、ひかりの要求を跳ね除けます。ほどなくして、警察が夫婦を訪ねてきて・・・

佐都子の視点の物語は、いきなりサスペンスフルな展開を見せ、一旦、終了し、ひかりの視点の物語が始まります。

ひかりは中学受験に失敗し、公立中学で麻生巧と出会います。生理が来ていないひかりでしたが、無邪気に性行為を繰り返すうちに妊娠してしまいます。妊娠ということに、呆れるほど無知な幼いひかり。気付いた時には、出産をするしかない状態です。診断結果を聴き、パニックになる厳格なひかりの母。母と娘の確執はステレオタイプですが、母親としての自覚が持てない幼い心情が、リアルに表現されています。

『ベビーバトン』の支援で出産をし、その子を養子に出したひかり。我が子への愛情も芽生え始めた時の、突然の別れのシーンは、多くを語らないだけに鮮烈です。母親との激しさを増す確執、大学生となった姉に対する複雑な思い。周囲の冷たい視線に耐えられず、ひかりは、転落していきます。

ひとり家を出て、泥沼にはまり込んでいくひかり。全てが悪い方へ転がっていくのです。佐都子が朝斗を得て幸福な日々を過ごしているのと対象的に、ひかりは我が子を失いこれでもかという不幸を味わいます。ひかりのキャラクターには、好感は持てませんが、この絶望感は痛々しい限りです。

にっちもさっちも行かなくなったひかりが、ひねり出したあまりに安易な打開策は・・・。そして、佐都子と清和への脅迫のシーンへとつながります。

ひかりの視点の物語は、転落ものとしてスリリングです。追い詰められた悲痛さが、読者の心を揺さぶるでしょう。佐都子の視点の物語が、幸福を追求するものであっただけに落差が激しいのです。

さて、ラストはというと・・・随分、きれいにまとまってしまいました。でも、これしか、ないんだろうなぁ・・・

本作品が原作の、2016年 放映 安田成美、川島海荷、田中直樹 出演 ドラマ『朝が来る』はこちら。

2020年 永作博美、蒔田彩珠、井浦新 出演 映画『朝が来る』が公開されます。

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