【本の感想】伊藤たかみ『アンダー・マイ・サム』

本の感想 伊藤たかみ『アンダー・マイ・サム』

Under my thumb, The girl who once had me down
Under my thumb, The girl who once pushed me around

“Under My Thumb” song by The Rolling Stones

伊藤たかみ『アンダー・マイ・サム』のタイトルは、本作品中にも触れられていますが、ローリング・ストーンズに同じ曲名のものがあります(ブライアン・ジョーンズがマリンバを叩いている曲ね)。俺を袖にした女をやっと言いなりにしたゼ ぐらいの歌詞なのですが、本作品の内容とはまったく正反対。

本作品は、思うに任せない高校生たちの日常を描いた、ほろ苦い青春小説になっています。

左手の親指が長すぎる主人公の”僕”=しゅんすけ は、ある日、自分が”外れて”しまったことに気づきます。時折、実体はそのままに、精神だけがさまよい出てしまうのです。外れてしまっても実体のしゅんすけ は、立派にしゅんすけ を続けることができるという ちょっと変わった幽体離脱。そして、外れたしゅんすけ は、メールの早打ちしか使い道のなかったいびつな親指を通して、人の悲しみを知るようになります。

こう書いてしまうと、スーパーナチュラルものに見えてしまうけれど、本作品のしゅんすけ の体験は、味付けにしか過ぎません。あくまでストーリーの主軸はしゅんすけ と、しゅんすけ を取り巻く人々との関係性にあります。

母親が家を出てから、ますますしっくりいかなくなったしゅんすけ と父。家庭の問題から粗暴な行為をエスカレートさせる親友 清春。高校を中退しフリーターとなった、しゅんすけ の初体験の相手 みゆき。しゅんすけ の日々を追いながら、友人や家族との関係を、そして彼らの苦悩を浮き彫りにしていきます。しゅんすけ を取り巻く人々の躓きつつある人生に、しゅんすけ はなすすべがありません。しゅんすけ自身のやり場のなさと相まって、息苦しさがひしひしと伝わってきます。

しゅんすけ が、友人として付き合い続けている みゆきは、頬に刃物傷を負って高校を辞めました。外れたしゅんすけ が、みゆきの悲しみを共有しようとするのですが、みゆきには悲しみそのものがないことに気づき しゅんすけ は衝撃を受けます。このシーンは、しゅんすけ が、快活な清春の中にある殺意を共有したときより鮮烈です。

ストーリーは終盤にかけて、しゅんすけ、みゆき、清春にとって、辛く悲しい展開になっていきます。本作品は、10代後半の頃の、本音のところで分かり合えないいらだたしさを、思い起こさせるでしょう(分かり合おうとすること自体が若さの象徴かもね)。

さて、タイトルの「アンダー・マイ・サム」の意味はどこにあるでしょうか。しゅんすけ は、現実を直視できるようになると、外れにくくなることに気づきます。結局、言いなりにできる=Under My Thumb ようになったのは、しゅんすけ自身ということになるようです。様々な辛い経験を経て、ちょっぴり大人になりましたということですね。

本作品は、設定の妙が十分に生かしきれているかというと、疑問符は付いてしまうでしょう。若干、不完全燃焼です。

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