大人が読んでも十分に楽しめる青春小説です。むしろ、疲れ気味の社会人への一服の清涼剤となると思います。音楽系ドラマの王道として、ありがちというか、教科書的ではあるのですが、このあるある設定が心地よいです…
【本の感想】伊藤たかみ『指輪をはめたい』
伊藤たかみ『指輪をはめたい』は、結婚に迷走する男の物語です。
”僕”=輝彦=テルは、スケートリンクで転倒し、頭を強打してから記憶がとんでしまいました。持っていた給料三ヶ月分指輪から、”僕”はプロポーズしようとしていたらしい。付き合っている女性は、知恵、めぐみ、そして和歌子の三人。果してテルは、指輪は誰に贈ろうとしたのでしょう ・・・
同棲していた彼女 絵美里にフラれ、いい女と結婚して見返してやろうと誓いを立てたテル。自分にも似たような経験があるから、この気持ちには共感できます。男の恋愛は蓄積式で、過去を美化しがちとはよく言われること。勝手にハードルを上げて、にっちもさっちもいかない状態になります。結局、自分の場合は、10年ぐらいふらふらしていたんじゃないでしょうか。
さて、テルは、プロポーズの相手を見つけるために、三人の女性に探りを入れ始めます。本作品が、三マタ男テルのモテ話しになると嫌味なだけなのですが、読んでいて抵抗感は少ないですね。むしろ、彼女らひとりひとりと、きっちり向き合おうという姿勢に真摯さを感じてしまいます。テルは、客観的には女性の敵ではあるものの、ただの尻軽バカ男に見せていないのが著者の上手いところです。
今を生きる知恵、過去に生きるめぐみ、未来に生きる和歌子。テルは、彼女らとの価値観の違いに気が付いていきます。テルの心にはいつも絵美里がいるのです。彼女らとの対話と通じて、テルは自身の気持ちを直視できるようになります。
このあたり、三人の幽霊に大切な事を教えてもらうチャールズ・ディケンズ『クリスマス・キャロル』を思い出してしまいました。
さてさて、テルはどうする。自分は、結末には大いに不満なのですが、どうでしょうか。
ただし、本作品には、なかなか示唆にとむセリフがあります。
夢だって 賞味期限があんのに、忘れちゃうんだよ。
なぜか突如、彼女がうっとうしくも感じた。本当に突然のことだった。街を歩いていて突然、普段は大好きなカレーの匂いに満腹感を覚えるようなことがあるが、そんな具合だった。
もう、気持ちなどなくなっているかもしれないのに。好きだったという記憶だけを頼りに付き合っている-惰性で支えられる愛情に、モノトーンな虚しさを感じてしまうのだった。
2011年公開 山田孝之、小西真奈美、真木よう子、池脇千鶴 出演 映画『指輪をはめたい』はこちら。
映画は、原作とは別の設定です。輝彦の右往左往する様がコミカルに描かれているのですが、ちっとも笑えません。いや、真風俗嬢めぐみ(真木よう子役)の務め先の店名 メルヘン風俗モンデルセン、には吹きましたか。
輝彦は、軽すぎでしょう。三人の女性が、過去、現在、未来を表していないのでがっかり。さらに、結末に、がっかり・・・。久々に映画を長く感じてしまいました。達者な役者さんが多く出演しているのに残念です。
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