【本の感想】伊藤たかみ『八月の路上に捨てる』

伊藤たかみ『八月の路上に捨てる』

2006年 第135回芥川賞 受賞作。

伊藤たかみ『八月の路上に捨てる』は、「八月の路上に捨てる」、他「貝からみる風景」「安定期つれずれ」が収録された短編集です。

どこにでもある日常の些細なさざ波を、ほのぼのとした語り口で描いた作品集となっています。どの作品も心温まる話というわけではないのですが、文体が清々しくて、読んでいて気持ちが良いですね。口角がほんのり上がるくらいの可笑しさがあります。昭和のホームドラマのみたいに、なんとなく眺めているだけで、すーっと心に染み入ってくるようです。

痛々しい程に心情を吐露する類のものではないので、ぐさり、と刺さり込んでくる感覚は受けません。純文学にこれを求める読者は、明らかに物足りないと感じるでしょう。さらさらと読みやすい文体も、好き嫌いが分かれるのかもしれません。

「八月の路上に捨てる」は、自動販売機の補充のバイトをしている敦が、先輩の水城さんに自身の破たんした結婚生活を語るお話しです。水城さん(女性)の外勤最後の一日に、敦の結婚生活が挿入されるかたちで展開します。

脚本家を夢見る敦と、雑誌編集者志望の妻 知恵子の、除々にすれ違っていく様が切なさ満開です。どちらかが夢に近づこうとした時の、素直に喜べない感じが理解できます。二人の関係性の変化を表すエピソードが良いですね。特に印象的なのは、敦が、浮気相手のヘルペスを自分に移そうとする場面。結婚生活の幕引きの、切っ掛けすらなかなか見い出せない焦れったさが、良く出ています。

敦に対して、尤もらしいアドバイスすらしない水城さん。身近な先輩というのは、確かにこういうものだろうと共感しました。

「貝からみた風景」は、スーパーの投書を見て想像を逞しくする夫と、それに乗っかる妻の微笑ましい関係を、「安定期つれずれ」は里帰りした娘の夫婦仲を心配する父親を描いています。どちらの作品も、身近な人との関係性に焦点を当てています。

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