【本の感想】ジョナサン・キャロル『我らが影の声』

ジョナサン・キャロル『我らが影の声』(原著)

ジョナサン・キャロル(Jonathan Carroll)『我らが影の声』(Voice of Our Shadow)(1983年)は、名作『死者の書』に続く第二長編です。

ジョセフには、13歳の頃、三つ年上の兄ロスを感電死させた過去があります。不良少年のロスにいじめ抜かれた挙句の、発作的な行動でした。事故死として扱われたロスの死は、家族の崩壊をもたらしてしまいます。

長じて作家活動を始めたジョセフは、ロスら不良少年の日常を描いた『我らが影の声』で名前が売れ、過去を振り払うようにウィーンへ渡航します。ウィーンで孤独な日々を送るジョセフは、ある日、映画館でポールとインディア夫妻と出会います。不幸な出来事を忘れ、友情に恵まれた楽しい日々を過ごすジェフ。ジェフにとって二人は、なくてはならない存在になっていくのです。しかし、ジェフとインディアの接近が、彼らの関係に暗い影を落とします・・・

ダークファンタジーの要素がなくても、小説としてなかなかよくできた作品です。登場人物の個性がきっちりと描かれていて、作品の世界に入り込み易いのです(翻訳者が素晴らしいのでしょう)。フツーの小説として読み進めていくと、突然、日常が不協和音を奏ではじめます。いきなり異世界に突き落とされるような感覚が、ジョナサン・キャロルらしさ。

ポールは、ジェフとインディアの不貞を知った後、心臓発作で突然死してしまいます。親友を失くし、忸怩たる思いに苛まれるジェフ。暫くして、ジェフとインディアの前に、マジシャンの格好をしたポールが、姿を現し始めるようになります。物語の後半からは、幽霊譚のよう展開です。しかし、本作品は、そう単純ではありません。ジェフの心の闇を抉っていきながら、ラストには、ちょっとした仕掛けが待っています。

あとがきの「結末は決して誰にも明かさないでください」という大仰なものではありませんが、現実そのものが崩壊してしまうような薄気味悪さは覚えるでしょう。

真実が明かされた後の短いエピローグが、虚しさを伴って物語に深みを与えています。

(注)読了したのは創元推理文庫の翻訳版『我らが影の声』で、 書影は原著のものを載せています。

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