【本の感想】ジョン・ディクスン・カー『カー短編全集3 パリから来た紳士』

ジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr)『カー短編全集3 パリから来た紳士』は、著者のシリーズ・キャラクター H.M卿、フェル博士、マーチ大佐が、不可能犯罪の謎を解く短編集です。

いやいや、これは無理でしょう、というお話はあるものの頭の体操には丁度良い読み物と思います。全9話と短めの作品で、キレの良さは全集の中では一番。「パリから来た紳士」「見えぬ手の殺人」「とりちがえた問題」「ウィリアム・ウィルソンの職業」「奇蹟を解く男」がマイ・ベストです。

■パリから来た紳士
フランスからはるばるニューヨークへやって来たアルマン・ド・ラファイエット。貧困に喘ぐマドモアゼル・クローディーヌのため、彼女の母で資産家のマダム・デネヴに面会しようというのです。しかし、マダム・デネヴは、卒中で倒れ四肢が麻痺している瀕死の状態で、両目と唇を少しだけしか動かすことができません。おまけに遺言書は、密室であるマダム・デネヴの部屋から紛失してしまったのです。マダム・デネヴに遺言書の在りかを聞いても視線がうさぎの玩具と晴雨計を繰り返して見るばかり。マダム・デネヴの遺産が入らなければ娘は窮地に陥ります・・・

紛失した遺言書の謎を解き明かすのは、ラファイエットが偶然酒場で知り合ったサディアス・パーリーです。パーリーは、ラファイエットから聞いた話だけで、真相を言い当てます。このパーリーが、実は・・・というのが最後に判明するのです。「妖魔の森」と並び称される名作とのこと。パーリーの正体が分かってから、読み返しながらなるほどとなるのは、ツウなお方でしょう。

■見えぬ手の殺人
美くしいブレンダ・レストレインジに見初められたダン・フレイザーは幸福の絶頂にいます。結婚を夢見、ブレンダの元を訪ねたダン。しかし、ダンは、迎え入れたブレンダの従妹ジョイスから、ブレンダが死んだことを伝えられます。ブレンダは、海辺の砂浜で自身のスカーフによって首を絞められていました。しかも、周囲には誰の足跡もなかったのです・・・

ギデオン・フェル博士登場作品です。事件発生時に響き渡った銃声から、トリックを暴くフェル博士の慧眼が見所・・・と言いたいのですが、実現性は甚だ乏しいような。

■とりちがえた問題
夕暮れ時の丘陵でフェル博士とハドリー警視が出会った小男ジョゼフ・レッシング。レッシングは、自身の家族に起きた不幸を二人に語ります。それは、湖に囲まれた島で、継父が睡眠中に耳から尖ったものを脳髄に打ち込まれ殺された事件でした。義理の弟妹から疑われたレッシング。次に妹のマーサが、密室の中で、右目から脳髄にかけてピンが打ち込まれ殺されたのです・・・

こちらもギデオン・フェル博士が、語りの中から真相を看破する作品です。事件のトリックもさることながら、作中に漂う不気味さが気に入りました。余韻を残す締めくくり方も良いのです。

■ウィリアム・ウィルソンの職業
マーチ大佐を訪問したパトリシア・モートレイクは、彼女が婚約を破棄した国会議員フランシス・ヘイルの行方を探して欲しいと懇願します。フランシスは、週刊誌広告の「ウィリアム・アンド・ウィルヘルミア・ウィルソン」の字句を見て様子がおかしくなったようなのです。パトリシアが「ウィリアム・アンド・ウィルヘルミア・ウィルソン商会」を訪ねると、事務室内でフランシスと女性が抱擁している場面に出くわします。怒りでそこを後にしたものの、戻って文句を言おうとしたところ、フランシスは消えていたのです。そして、そこにいた男はフランシスを知らないと言い張って・・・

ロンドン警視庁D三課 マーチ大佐登場作品です。「ウィリアム・ウィルソン」がキーワードで、「パリから来た紳士」でも言及がなされている作家の有名な作品です。行方不明の真相にひと捻りがあって、ちょっぴりほっこり系の作品に仕上がっています。

■奇蹟を解く男
新聞記者トム・ロックウッドが出会ったジェニー・ホウルデンは何者かから逃げていました。ジェニーを落ち着かせようと一杯飲みに誘います。そこで、ジェニーは、密室状態の部屋で殺されかけ、「お前は死ぬんだ」という手紙を受け取ったことを話始めます。それから、さらに第二の脅迫が、主なき声よりジェニーに届けられ・・・

ジェニーにひとめ惚れしたトムは、ジェニーの悩みを解決するためにH・M卿を紹介します。思わぬ真犯人が明らかにされる件は、見所です。著者の作品は、ラストに男女がハッピーになる顛末が、ちょくちょく見られます。本作品も、出会いのシーンから予想通りとなりました。

その他の作品は、「ことわざ殺人事件」「外交的な、あまりにも外交的な」「空部屋」「黒いキャビネット」です。

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