【本の感想】ジョン・ディクスン・カー『蝋人形館の殺人』

本の感想 ジョン・ディクスン・カー『蝋人形館の殺人』

セーヌ河に浮かんだ女性の他殺死体を捜査する過程で、予審判事アンリ・バンコランが辿り着いた蝋人形館。そこで、バンコランは、サテュロスの人形に抱かれた新たな女性の刺殺死体を発見します。殺害現場に残された黒いドミノ仮面、現場で目撃されだ第三の女性、蝋人形館に隣接する秘密社交クラブ。1930年のパリの猥雑な夜。謎は混迷を深めていくのでした ・・・

至極真っ当な推理小説。ジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr)『蝋人形館の殺人』(The Corpse in The Waxworks) を読み終えたときにの第一印象です。

奇をてらったような演出や、不可能犯罪のためにつくられたような舞台装置を持ち込んではいません。伏線がきっちりはられていて、ラストまで、ストーリーが破たんせずに進んでいきます。バンコランの友人で、本書の語り手(いわばワトソン役) ジェフ・マールの秘密社交クラブ潜入捜査も、ドキドキの展開で、盛り上がりをみせてくれるのです。

例えるならば、70年代の2時間サスペンスドラマでしょうか。家族の団欒を氷つかせる淫靡な雰囲気と、ミステリとしての、そこそこの満足感。あくまで第一印象は、です。

気になるのは、最後の一行。

メフィストフェレスと表現されるバンコランの、サディスティクな追及に真犯人がもらす一言が秀逸なのです。捜査の途中、バンコランがジェフに苦悩を吐露するシーンがあります。

世間というのは人を実物以下に見つもるきらいがある。だから私だって世間並みに自分を実物以上に見せようとつとめてきた。

これを踏まえると、ラストの真犯人との対話は、バンコランが突きつけた個人的な挑戦状にみえてきます。お前はどうなんだ、と。 バンコランがメフィストフェレスといわれる所以です。

自分は正反対の一行を予想していました。同年代の作家、例えばアガサ・クリスティならばどう決着をつけたでしょう。はたして、同じ一行を書いたのか。この最後の一撃が、本作品を味わい深いものにしています。単なる2時間ドラマ的ミステリと異質なのです。

それにしても、ネタばれせずに本作品の魅力を表現するのは難しいですね。

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