【本の感想】ジョン・ディクスン・カー『夜歩く』

ジョン・ディクスン・カー『夜歩く』

予審判事アンリ・バンコラン初登場作品。

小学生の頃、読書の時間に手にとったジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr)『夜歩く』(It Walks By Night)(1930年)。タイトルからオカルト本かと思って嬉々としたのですが、一向に怖くなりません。おまけに、当時の自分にはプロットが複雑すぎて、途中で読むのを断念してしまいました。翻訳ミステリ初体験での苦い想い出です。

ン十年ぶりの本作品は、ジョン・ディクスン・カーの記念すべき長編デビュー作です。探偵役は、初期5作品に登場する予審判事アンリ・バンコラン。

サリニー公爵とルイーズ・ローランの結婚式当夜、サリニー侯爵が首を切られた死体で発見されます。犯行時、殺害現場は、バンコランと部下の刑事が出入り口を監視していたため、密室の状態でした・・・

カーといえば密室殺人と怪奇趣味。

怪奇趣味の方は、ルイーズの元夫 ローランが狂気にかられ、狼人間となって二人をつけ狙うという前振りがそれっぽいですね。もっとも、狼人間という言葉が出現するのは最初だけなのだけれど。

いたってオーソドックスな密室ミステリと思いきや、ばら撒かれた数々の謎は、匂い立つようなエロチックな雰囲気を醸し出しています。

整形で顔を変えた殺人嗜好のあるローランの影。サリニー公爵の、首を切り離された胴体の奇妙な格好。現場付近の小室に残された「不思議の国のアリス」。殺害現場の上層階の半裸の美女。そして、第二、第三の死体(第三の死体は、ポーの黒猫を想起させます)。

これらの謎解きの妙味が、最後まで読者を惹きつけていくでしょう。

腹に一物ありの、クセモノぞろいの登場人物たち。なかでも、バンコランの傲岸さや底意地の悪さが際立ちます。

「24時間で解決できぬ事件はない!」と言い放つ(が、そのとおりにはならない)、男女の親密な会話を平気で盗み聞して嘲弄する、密室トリックの証人に仕立て上げられているにもかかわらず悪びれない。特にラストの真犯人への追及のドSぶりが凄まじい。

密室の謎は、真相が暴かれるまでサッパリ分かりませんでしたが、「そうきたか~」というのが正直な感想です。すべてがスッキリとはいきません。でも、謎に絡めとられ、ワクワクしながら愉しい時間を過ごせたのは確かです。

一番の満足感は、やっと小学生の頃からの中断本『夜歩く』を読みきったことにあるかなぁ。あぁ、征服感 ・・・

ちなみに、 魔夜峰央『パタリロ!』の登場人物 ジャック・バルバロッサ・バンコランは、この予審判事アンリ・バンコランが由来だそうです。

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