【本の感想】桂望実『明日この手を放しても』

桂望実『明日この手を放しても 』

自分には年子の妹がいます。多感な頃は、性格が全く違くため、何かあると双方不快な気分を味わいました(概ね自分が不満たらたらだったのですが)。殆ど関わりを持たな時を経て、じいさんとばあさんのいってもよい今の年頃になると、親の介護やらで一致協力する場面が増え、それなりに感謝の気持ちを抱けるようになっています。

桂望実『明日この手を放しても』は、突然全盲となった潔癖女子と、いい加減な兄の二人三脚の物語です。

近くて遠い、遠くて近い男女の兄妹の心情が上手く描かれています。本作品を読んでいて、我がことのように共感してしまいました。

篠田凛子は、19歳で突然全盲となって一年半。半年前に家族の太陽であった母親を事故で亡くし、精神状態はどん底です。目標であった裁判官の夢を諦め、大学を中退しようと決めています。二歳上の真司は、子会社に出向させられウェディングプランナーの立場に不満たらたら。冷静できっちりした性格の凛子(”きっちりんこ”)と違い感情の起伏が激しくいい加減で、兄妹でありながら全くそりが合いません。

本作品は、凛子21歳の1995年から、1996年、1997年、2001年、2004年、真司34歳の2006年までの10年間が、凛子、真司の視点が切り替わりながらつづられていきます。

凛子の将来の絶望、真司の仕事への不満、漫画家の父の失踪、そして信頼していた人からの裏切り。凛子と真司は、時に激しく衝突しながら、二人で苦境を乗り越えていくのです。

真司24歳の頃、父親が行方不明となり、凛子と真司は二人で暮らしていかざるを得なくなります。漫画の原作者として歩み始めた凛子。真司は、凛子の自立に一役買います。凛子がつくるストーリーへ、忌憚ない意見を言う真司。真司が凛子に対いして何を思っているのかが、さりげなく分かるようになります。この真司のキャラクターが良いのでしょう。深刻な場面でも、力みが取れる能天気さが効いています。

恋人にキツイ一言を吐かれ落ち込む真司が、凛子のちょとした仕草で癒されるシーンにホロリ。凛子の気持ちを踏みにじった出来事で、真司と共に怒り心頭。大嫌いな兄が、ふとした瞬間に頼りに見えてきます。生意気な妹が、ふとした瞬間に素直に気持ちを伝えます。本作品は、歳を経る毎に分かり合う、友達でもない夫婦でもない、兄妹という間柄が上手く表現されています。著者も男兄弟がいるんだろうなぁ。

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