映画学校を卒業し、美術催事場のアルバイトをしている「哀しい男」の物語です。著者のデビュー作ですね。ストーリーは、主人公生の内的世界が縷々つづられていくだけです。あらためて本作品を読むと、著者の精神は、…
【本の感想】阿部和重『ABC戦争』
たまに、「なんだんでしょうこれは」という本を読みたくなります。理解し難いというか、深読みさえも拒絶してしまうような本です。こんな小説書きましたが、何か? と開き直っているような。
阿部和重『ABC戦争』は、まさにそんな作品です。
本書には、タイトル作の他に、『公爵夫人邸の午後のパーティー』と『ヴェロニカ・ハートの幻影』の初期短編が収録されていますが、すべて同じような趣です。
書いていることは分かる。何を訴えているのかがよく分からない。
例えば、『インディヴィジュアル・プロジェクション』や、『アメリカの夜』、『ニッポニアニッポン』は、アイデンティティがテーマにあるように思います。本短編集の作品には、それが見当たらないのです(自分が読みきれてないだけんだんだろうけど)。(リンクをクリックいただけると感想のページに移動します)
物事はそんな見方もあるんですよ と囁かれているようではあります。衒学的とは言えないまでも、屁理屈をこねくり回わされている気分ですが、自分は、嫌いではありません。ふんふん、なるほどねと、この屁理屈に身をゆだねていれば良いんのでしょう。そうすると、かなり楽しくなってきます。
『ABC戦争』は、N国、T地方、Y県の通学列車で発生した不良高校生の喧嘩騒ぎの顛末を、数年後、”わたし”が真相究明に乗り出すというものです。関係者の<手記>をもとに、証言を求めていくものも、誰もその騒動の行く末を憶えていません。それほど、些細な出来事を、”わたし”は執拗に追いかけます。アルファベットを用いて抽象度を上げていると、そこに色々なものが見えてくるようです。
さて、この始まりも終わりもない物語には何があるのか。
真剣に考えても出てきません。この紛争が一人のヤクザの死とつながりがあるのですが、それが著者の言わんとしていることと直結しているとは思えません。そもそも何かを語ろうとしているのかすら判然としないのです。読んだままと理解するのが一番ですね。
『公爵夫人邸の午後のパーティー』は、秘密のパーティに参加した欲求不満の夫人の運命の交差を、『ヴェロニカ・ハートの幻影』は、霊に取り憑かれたキズだらけの男の煩悶を描いています。これらは、タイトル作と同様、何かを見出そうとしなければ、「なんでしょうこれは」と、へらっと笑うことがができますか。
負け惜しみかな。
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