【本の感想】ブルース・スターリング『塵クジラの海』

ブルース・スターリング『塵クジラの海』

水のない惑星 水無星(みなほし)。居住可能区域は、大気のほとんどが滞留する深さ百十キロ、幅八百キロの巨大クレーター。ここでは、砕けた岩から生じた底知れぬ塵の海が、海洋の代わりに新しい生命を育んでいます。

外世界人 ジョン・ニューハウスは、捕鯨船に乗船し、水無星人たちと航海に乗り出します。ニューハウスの目当ては、塵クジラから採取される禁制薬物です。捕獲した塵クジラから純度の高い薬物を精製し始めるニューハウス。しかし、逆巻く砂塵をぬっての航海は、徐々に厳しさを増していくのでした。 ・・・

『塵クジラの海』(Involution Ocean)は、ハーラン・エリスンに見出されたブルース・スターリング(Bruce Sterling)の1977年の作品。ウィリアム・ギブスンと並び称されるサイバーパンクの旗手でありながら、デビュー作がファンタジーだったとは驚きです。

季節も天候の変化もない惑星。大地に穿たれた穴の中の塵の海。砂塵の中での繰り広げられるクジラ漁。空を舞い船を先導する美しい異星の翼人。襲いかかる砂嵐と様々な塵の海の生物。剣と魔法の世界ではないけれど、設定は冒険ファンタジーです。

旅を続けていくうちに、ニューハウスは、翼人ダルーサと愛しあうようになります。しかし、二人は触れ合うことができません。ダルーサは人間の酵素や微生物に対してアレルギーを持っているのです。本作品にはロマンチックな悲恋の要素もきっちりと織り込まれています。

外世界人の船長デスペランドゥムは、塵の海に魅入られたマッドサイエンティストです。ニューハウスは、船長と共に塵クジラを改造した潜水艦で、海の底を目指します。そして、そこでニューハウスが見たものは ・・・ と続きます。

アイディアが素晴らしいので、いくらでも美しいファンタジーに仕上げることは可能だったでしょう。でも、作品に持ち込まれている俗っぽさが、興を削ぐ結果になっていると思います。スターリングらしいと言えば、それまでなのだけれど、実に勿体無いですね。水無星の入植者が宗教的狂信者集団であったことから、ラストでニューハウスに流れ込むイマジネーションは、宗教的な意味合いとリンクするはずです。しかし、ここもきっちりと昇華できずに終わってしまっています。

自分は、『スキズマトリックス』を手に取って以来、翻訳された作品をほぼ読んできましたが、才能の萌芽は見られるとしても、本作品はやはり若きスターリングの習作なのでしょう。サイバーパンクムーブメントの勃興前夜という時間軸でみると、感慨深いのは確かなのですが。