余命を賭けて己の望みを全うしようする二人の男の執念の物語です。ひとりは連続殺人犯。そして、もうひとりはこの犯人を追う刑事。現実的かどうかは置いておいて、追うもの、追われるもの、それぞれ長く生きられない…
【本の感想】薬丸岳『刑事のまなざし』
薬丸岳『刑事のまなざし』は、通り魔に娘を植物状態にされた元法務技官の刑事 夏目信人が主役のミステリ短編集です。
収録作品全7編に通底しているのは、決して癒えることのない心の痛み。夏目は、愛のために人を殺し、愛の裏返しで人を殺してしまう人々の心の奥底を炙り出していきます。正しい答えなど何処にもない。だから、読後感はとっても重いのです。捻りの利いた結末と、行き場のない感情に悶々とさせられるのは、著者の作品ならではです。
■オムライス
前田恵子の内縁の夫 佐藤英明が焼死しました。放火殺人と断定され捜査が続く中、恵子の16歳の息子 裕馬が自首をします。英明の素行の悪さに嫌気がさしての犯行だと言うのです。夏目は食卓に残されたオムライスから、一つの結論を導き出します。
母子の愛の強さと脆さを描いていて、真相は衝撃的とも言えるものです。不快な気分にすらなりますが、昨今の悲惨な事件を耳にすると、絵空事ではありません。単なる綺麗ごとで終わらなために、凄みすら感じる作品です
なお、裕馬は、以降のシリーズ作品に再登場します。
■黒い履歴
小出伸一は、3歳上の姉 奈緒子、その娘で小四の春奈と暮らしていますが、殺人の罪で少年院に収監された過去のため、良い仕事に恵まれません。 投げ遣りになる伸一は、春奈の同級生 横瀬舞の父親が撲殺されたことから、疑いの目を向けられるようになります。
犯罪者の更生がテーマ・・・かと思いきや、それだけで 片付けられない奥の深い物語です。真相が明らかになったときのやるせなさは、忘れることができません。
■ハートレス
公園で暮らす10人ほどのホームレスたち。その中では羽振りのいい暴走族あがりのショウが、撲殺されます。事件はショウが痛めつけた者たちの報復かと思われたのですが ・・・。
犯罪の被害者家族は、加害者を許せるのかという難しいテーマの作品です。このテーマは、著者が良く取り上げていますね。夏目自身が被害者家族であり、本作品から夏目の過去が徐々に明らかになっていきます。
■傷痕
ニ十歳の沢村浩司が刺殺されました。捜査の過程で、沢村の女子高生を使った美人局行為が明らかになります。自傷行為をする女子高生 仲村有香の存在が浮上し、夏目は彼女が通う高校へと赴きます。
高校のカウンセラー田辺久美子は、夏目の大学院時代の同級生という設定です。夏目から、被害者家族として犯罪者に憎しみを持つようになったと心情を吐露され、戸惑う久美子。事件が解決されたとき、久美子は夏目の姿に何を見たでしょうか。
■プライド
マンションで旅行会社勤務 桜井綾乃の他殺死体が発見されました。夏目と捜査一課 長峰亘は、ともに捜査を進め、妻帯者 甲斐谷正一の存在を突き止めます。しかし、腑に落ちない夏目は、別の観点から捜査を継続するのでした。
本作品も、テーマとしては今風(?)でしょう。途中から真相が分かり驚きは少ないのですが、夏目の体を張った捜査が見所です。
■休日
吉沢篤郎は、妻を亡くし男手ひとつで14歳の息子 隆太を育てています。ある日、吉沢は、隆太が犯罪に手を染めているのではと疑いを持ち、友人の夏目に相談を持ちかけます。休日、隆太の後を付ける夏目、そして吉沢が見たものは・・・
本作品はありきたりの展開、そして結末です。もう一捻り欲しいですね。
■刑事のまなざし
バーを経営する塚本聖治は、高校中退で引きこもりの太田と再会します。太田は、塚本が昔、少女の頭を殴っている証拠をちらつかせ、妻 恭子を自由にさせろと迫ります。懊悩する塚本ですが、やがて太田が死体となって発見されて ・・・
夏目の娘を植物人間に追いやった塚本。恭子もまた妹 安子を同時期に模倣犯に殺害されていました。やり場のない怒りに突き動かされる夏目。登場人物たちの様々な感情が入り乱れる本作品は、読者の気持ちをささくれ立たせることでしょう。平常心に戻るのにやや時間を要することになりました。
2013年 TBS系列放映 椎名桔平主演 ドラマ『刑事のまなざし』はこちら。 テレビドラマを観ておらず今更、後悔してしまいました。
テレビドラマを観ておらず今更、後悔してしまいました。続編も期待が昂まります。
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