通り魔に娘を植物状態にされた元法務技官の刑事 夏目信人が主役のミステリ短編集です。収録作品全7編に通底しているのは、決して癒えることのない心の痛み。夏目は、愛のために人を殺し、愛の裏返しで人を殺してし…
【本の感想】薬丸岳『死命』
薬丸岳『死命』は、余命を賭けて己の望みを全うしようする二人の男の執念の物語です。
性的欲求が昂まると殺人衝動が起こる榊信一は、余命宣告されたことを契機に自身の隠された欲望を開放し、次々と殺人を犯します。正体不明の連続殺人犯を追うのは、奇しくも同じく余命宣告された刑事 蒼井凌。現実的かどうかは置いておいて、追うもの、追われるもの、共に長く生きられないという命のタイムリミットの設定に、出だしからぐぐっと惹き込まれます。
二人は、命尽きるまで自らが定めた使命(死命)を全うしようと決意します。読み進めながらそれぞれの人生に分け入ると、徐々に病が命を削っていく様に戦慄を覚えることでしょう。死が先か、それとも己の望みを全うすることが先か。カウントダウンするかのような、ヒリつく緊迫感が、読み手にまとわり付いてきます。
自分が余命を宣告された立場ならどうでしょう。死への恐怖を払拭するためだけであっても、残りの生を賭けてまで、エネルギーを燃やし続けることができるのか。正義という概念を度外視すると、榊よりも、蒼井の執念の方に違和感を覚ええます。最後となるであろう事件の解決に、自身の存在の証を刻むというモチベーションまでは、読み取れませんでした。
本作品は、最初から落としどころの想像がつきます。読了した際には、想定の範囲内に収まったという感想を持つのではないでしょうか。既定路線ではあるものの、著者は、読者を飽きさせることなくラストまで引っ張っていきます。榊と恋人 澄乃の悲恋を織り交ぜる等、ストーリーに起伏を持たせているのが功を奏しているようです。
ただし、読者の、著者の作品に期待する、運命が劇的に交差するような展開は今一つです。家族の再生の物語にしてしまうのも、出来過ぎでしょうか。蒼井が口にする、刑事の勘という昭和なモチベーションは、精彩欠いている印象があり、いただけません。
本作品が原作の、2019年放送 吉田鋼太郎、賀来賢人 出演 テレビドラマ『死命』はこちら。
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