【本の感想】薬丸岳『刑事の約束』

薬丸岳『刑事の約束』

薬丸岳『刑事の約束』は、『刑事のまなざし』、『その鏡は嘘をつく』に続く、刑事 夏目信人シリーズの第三弾。(リンクをクリックいただけると感想のページへ移動します)。

これまでの登場人物たちが顔を出す、ファンには嬉しい短編集です。『刑事のまなざし』の問題作「オムライス」の後日談であるタイトル作「刑事の約束」は、さらに重い内容となっています。

■無縁
DVD販売店で、催涙スプレーによる障害事件が発生しました。犯人は、万引きが咎められた小学生 栗原裕希。その後、六郷土手に行きたかった裕希は、タクシーでスプレーを使った事が判明します。福地啓子は、夏目信人の応援を受けて、事件の背景を探り始めるのでした。

夏目の捜査への取り組み姿勢に、不満を募らせる啓子。そんな啓子が、夏目の優秀さを理解していく過程が見所です。

捜査は、裕希と離れて暮らしている父 栗原裕久、そして、亡き母の悲しい過去を浮き彫りにしていきます。裕希の一連の行動の理由とは?そこから更に一歩踏み込んでくるのが、著者の作品ならではです。

加えて、ぎぐしゃくしている啓子と夫、そして息子の関係がストーリーに深みを与えています。

本作品には、夏目の元同僚、長峰が登場します。

■不惑
窪田大輔の婚約者 麻里子は、13年間植物状態が続いています。その原因を作った成宮輝幸の結婚式に、仕事としてビデオ撮影を依頼された窪田。窪田は、復讐のチャンスを狙います。

成宮の結婚式が披かれる同じホテルで、奇しくも夏目、窪田の同窓会が行われるという設定です。窪田の様子に不審を抱く夏目は・・・

著者がテーマとして掲げる、犯罪加害者と被害者の答えの出せない物語かと思いきや、それに捻りを加えているのが特徴です。被害者とその周辺が抱える呪縛は、加害者だけではない、という問題提起と捉えました。それにしても、夏目の洞察力は、達人を越して超人の域に達していますね。

本作品には、夏目の同級生、吉沢が登場します。

■被疑者死亡
警察に追われて事故死した相良浩司。相良は、借金をしていた北原哲哉殺人の疑いが持たれていました。5年前に故殺で有罪となった浩司は、妻 尚子と別れ、息子 陽介から親子の縁を切られています。浩司の兄 明宏は、浩司は心を入れ替えたと尚子に言うのですが、尚子が身元確認をした浩司の顔は整形されたものだったのです。

夏目に引っ張られながら、捜査を続ける大塚、若手の井筒コンビの姿が楽しい作品です。

顔を変え、駅のコインロッカーをうろついていた相良の目当ては何だったのか。絆は切れても、消えることのない親の愛が、表されています。

本作品には、志藤検事が登場します。

■終の住処
独居の高齢者、野坂千鶴子が、ケアマネージャ樋口彰を突き落とし重傷を負わせる事件を起こしました。千鶴子は認知症を発症していますが、施設入りを拒み続けています。身寄りは、5年前に殺人を犯し服役中の、絶縁した息子 誠だけです。

桐のタンスの取っ手が汚れていることから、千鶴子の思いに気づく夏目。こちらも、「被疑者死亡」と同様、親の愛情が色濃く表れた作品です。

本作品には、「オムライス」の前田裕馬が登場します。

■刑事の約束
岡崎真紀子が、車中で刺殺されました。真紀子の娘 葵は、母親 前田恵子に殺されかけた前田裕馬と接点がありました。二人とも同じカウンセラーにカウンセリングを受けていたのです。

恵子は末期がんと診断され、裕馬に許しを請うていますが、取り継いだ夏目への言付けは怨嗟だけ。そして、真紀子の殺害には、裕馬の母親に対する思いが深く関わっていたのです。

本作品は、我が子よりも男を選んだ母親と、その息子の愛憎が描かれた「オムライス」のその後が語られます。他の作品が、親子愛が根底に流れていただけに、息苦しさを覚えました。これがいつもの薬丸岳節でしょう。

本作品には、田辺久美子が登場します。

最終話での夏目の娘のその後が気になりつつ、今後のシリーズの展開に期待感が膨らみます。

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