【本の感想】花村萬月『弾正星』

花村萬月『弾正星』

花村萬月『弾正星』は、戦国の梟雄 松永弾正久秀の生涯を描いた作品です。

戦国好きには、あまりに有名な主人公であるので、著者がどう味付けしてくれるかが興味の中心です。

物語は、三好範長の右筆であった久秀が二十代半ば頃から始まります。本作品の語り手となる初対面の丹野蘭十郎の目の前で、気まぐれに蘭十郎の知人を斬首して見せる久秀。この冒頭の鮮烈さは、出ましたマンゲツ!で期待が膨らみます。

久秀は、ある時は、蘭十郎に尼寺へ行って夜這いの手ほどきし、またある時は、庭先にいた小物を始末するよう迫ります。どこに感情の沸騰するスイッチがあるか分からず、戦々恐々とする蘭十郎。しかし、久秀は、病に犯された蘭十郎の老母の姿を見て涙する、繊細さを持ち合わせているのです。

本作品の前半は、久秀と後に兄弟の契りを交わす蘭十郎の、怠惰で無軌道な青春小説の趣があります。掴みどころのない久秀に、徐々に心を通わせていく蘭十郎。

そして、月日が流れ、三好長慶の元で権力を掌握してく久秀の姿が描かれます。ここは、歴史の教科書通りの展開で(そりゃまぁそうだ)、実弟の松永長頼の招聘、三好政長の討伐、細川春元と足利義晴・義輝の追放と続きます。三好家の家宰になって四年、戦国の表舞台には表れないものの、権力者として君臨するのです。

茶道具の目利きとしての一面や、天下に対する野望などが蘭十郎の視点で語られますが、どうも冒頭のノワール感が減衰しているようです。もっと、もっとと渇望してしまうのは、自分だけではないでしょう。ここでは、唯一、自身が惨殺した男女の娘 まさ音を蘭十郎に娶わせるエピソードが、著者らしい激しい愛を感じさせます。

本作品は、二十代から命を落とすまでの時間間隔が、ギュギュッと詰まり過ぎですね。後半は、史実が工夫なく延々と語られ、つまらなくなります。

クライマックスは、信貴山城に殺到する信長軍を前にしての久秀の最期です。有名な信長の平蜘蛛の釜を差し出せば助命する、という件でも久秀の思いは伝わりません。蘭十郎と まさ音による幕引きが、鮮烈ではあるのですが・・・。

ノワール感、プリーズと思い続けていたら、結局は友情物語でしたか。残念です・・・

  • その他の花村萬月 作品の感想は関連記事をご覧下さい。