【本の感想】アントニー・バークリー『試行錯誤』

アントニー・バークリー『試行錯誤』(原著)

自分には、コレクションのようになってしまっている積読本があります。ベスト1はフィリップ・K・ディック、ベスト2はチャールズ・ディケンズ、そして、ベスト3はアントニイ・バークリー。何故この作家に執着してしまったのかは、今や謎です。言えるのは、買わずにはいられないものの、なかなか読む気にならないということ。読まずに逝ってしまってはイカンということで、積読本を思い出したように読み始めるのです。

その中の一冊、アントニイ・バークリー(Anthony Berkeley)『試行錯誤』(Trial and Error)(1937年)は、余生を正義のために捧げようとする男の物語です。

動脈瘤で余命宣告をされてしまった評論家のローレンス・トッドハンター。トッドハンターは、社会に害をなす悪人を殺害することで、残りの人生を全うしようと考えます。

標的は、女優のジーン・ノーウッド。

ジーンは、大衆作家ニコラス・ファロウェーをたぶらかした挙句、巻き上げるものがなくなった今、彼を捨て去ってしまったのです。ニコラスの次女フェリシテの仕事を奪い、長女バイオラの夫ビンセントをも毒牙にかける稀代の悪女ジーン。トッドハンターがジーンに接近して間もなく、ジーンは射殺死体として発見されます。ジーン殺害の犯人として死刑の執行を望むトッドハンターですが、何んとしたことかビンセントが逮捕されてしまいます・・・

焦ったトッドハンターは、自分が犯人であることを証明しようと奮闘します。しかし、やることなすこと全て裏目に出てしまうのです。

トッドハンターは、ついに犯罪研究家アンブローズ・チタウィックに、有罪の証拠を集めるように依頼します。この自分を絞首刑にするために、探偵を雇うという逆転の発想が本作品の面白いところ。ジーンによろめきを覚えてしまうなど、決して清廉潔白と言えないトッドハンターの心理描写が素晴らしいですね。変化するトッドハンターの心の動きを追っていくと、混乱に陥ってしまいます。

本作品は、丁々発止の法廷シーンもあって、ユーモラスでシニカルなストーリー展開の中に、見所はしっかり用意されています。

果たして真相は如何に?トッドハンターは、念願どおり絞首刑になることができるのでしょうか?

『毒入りチョコレート事件』にも登場したチタウィックは、いたって地味な男です。しかし、サプライズが用意された(予想はつくのだけれど)ラストにはしっかりと存在感を見せてくれます。

なお、本作品は、5部構成で、悪漢小説風、安芝居風、推理小説風、新聞小説風、怪奇小説風というタイトルが付いています。それぞれの内容はタイトルに則っており、バークリーの遊び心が堪能できます。

(注)読了したのは創元推理文庫の翻訳版『試行錯誤』で、 書影は原著のものを載せています 。

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