妻殺しを企む男を描いた倒叙ミステリです。”三大倒叙ミステリ”に数えられるだけあって、揺れ動く犯人の心理描写は絶妙です。じれったくも待ちに待ったラストは、お決まりのはずなのですが・・・ そうきたか!と感…
【本の感想】フランシス・アイルズ『レディに捧げる殺人物語』
リナ・アスガースは、八年近くも夫と暮らしてから、やっと自分が殺人者と結婚したことをさとった。
フランシス・アイルズ(Francis Iles) 『レディに捧げる殺人物語』(Before the Fact : A Murder Story for Ladies )(1932年)は、この衝撃的な一文で幕を開けます。
リナは、ハンサムな青年ジョニーからの積極的なアプローチの末、結婚をしました。当初、幸福を感じていたリナでしたが、徐々に、ジョニーの浪費癖と虚言に振り回されていきます。ギャンブルの借金や女性関係が明らかになるにつれ失望を募らせるリナ。しかし、リナは、ジョニーが更生することを信じ、何くれと手を差しのべ続けるのでした ・・・
騙されても、酷い扱いをされても、ジョニーを見捨てることができないリナ。リナは、愛想を尽かす寸前で立ち止り、その都度、ジョニーへの愛を、自ら搔き立てていきます。まさに、依存症ともいうべき心理状態です。
リナは、先天的なダメ人間ジョニーの行動に一喜一憂し、ジョニーの良い面を見つめ続けようと腐心します。ジョニーのひん曲がった性格より、リナのねちっこい心の動きの方が不気味です。読み進めるうちに、イライラすら感じるでしょう。やがてリナは、ジョニーを拒絶するために、別の男性に心を寄せようと試みます。このあたりの心理描写は、女性作家もかくやと思わせる巧さです。
やがてリナは、ジョニーの、金のために殺人を犯した過去を知ることになります。しかし、時すでに遅し、リナの心はジョニーに雁字搦めにされていたのです。
本作品は、犯人探しをする類の推理小説ではありません。先に待ち受ける運命へ抗うことができなくなったリナと、リナが察知していることを知りながら終焉に向わざるをえないジョニーの捻じれた愛情を描いています。犯罪心理小説であり、恋愛小説でもあるのです。 その点で、本作品の締めくくり方は、絶妙と言えるでしょう。
本作品が原作の、名香智子画『レディに捧げる殺人物語』はこちら。
本作品が原作の、1941年公開 アルフレッド・ヒッチコック監督 ジョーン・フォンテイン 、ケーリー・グラント出演『断崖』はこちら。
ちなみに、本作品は、三笠書房から『リナの肖像』として翻訳出版されています。所有しているけれど、内容が同じと知って、こちらは読んでいません。
(注)読了したのは創元推理文庫の翻訳版『レディに捧げる殺人物語』で、 書影は原著のものを載せています 。
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