【本の感想】逢坂剛『カディスの赤い星』

逢坂剛『カディスの赤い星』

1986年 第96回 直木賞受賞作。
1986年 週刊文春ミステリーベスト10 国内部門 第4位。
1986年 第5回 日本冒険小説協会大賞受賞作。
1987年 第40回 日本推理作家協会賞受賞作。

逢坂剛『カディスの赤い星』は、華々しくも文学賞を独り占めにしました。おまけに、ミステリーランキングにもランクインしているのだから、これは読んでおかねばなりますまい。

著者による文庫新装版あとがきには、本作品が、実質の処女作であったとあります。なんでも、1,450枚におよぶ持ち込み原稿を編集者に読んでもらえなかったそうで、(大傑作)『百舌が叫ぶ夜』がヒットするまであたためておいたそうです。満を持して発表した本作品は、不適切な表現や多少の設定の手直しをしたものの、文章や会話はそのままだといいます。なるほど、読み進めていくうちに、著者の迸る熱い情熱に圧倒されることになります。

日野楽器のフリーのPR担当漆田亮は、来日したスペインの名ギター職人ホセ・ラモスから相談を受けます。それは、20年前に訪ねてきた日本人ギタリストを探すことでした。当時 売ることのできなかったギターをプレゼントしたいと言うのです。PR効果を期待した日野楽器の後押しもあり、漆田は、サントスとしか分からないギタリストの行方を調査し始めます。

時代背景は、スペインがフランコ政権下にあった1975年。本作品の前半は、サントスの捜査行に費やされます。漆田によって、徐々に明らかになっていくフラメンコ ギタリストとしてのサントスの過去。そして、ついに息子のパコこと津川陽まで辿り着いた時、ラモスの本来の目的が、スペインの至宝を埋め込んだギター”カディスの赤い星”の奪還であることが判明します。

ここまでは、単なる地味な人探しです。どう展開していくか先が全く読めませんが、ジリジリさせつつ、飽きさせることのないのが著者の凄さ。漆原と、消費者団体代表 槇村真紀子との丁々発止、太陽楽器の代理店社員 那智理沙代との恋愛を絡めながら読者を引っ張っていきます。

ストーリーは、ラモスとともに来日した孫娘フローラが、日本の過激派に接近するに至って俄然キナ臭さが漂います。フローラは、フランコ政権転覆を目論むスペインの反体制過激派集団の一味だったのです。スペインに帰国したフローラ。そして、フローラを追いカディスの赤い星とともにスペインへ渡ったパコ。ラモスは、漆田にフローラを守り、カディスの赤い星を取り返すよう改めて依頼を出します・・・

後半からは、舞台をスペインに移して、銃撃戦ありのド派手な大活劇が始まります。フランコ暗殺計画に巻き込まれていく漆田は、反体制過激派だけでなく、治安警備隊からも狙われ、ピンチ、ピンチの連続です。いちビジネスマンである漆田が、何故こんなににクールでタフ?という野暮な疑問はかなぐり捨てて、この展開に酔いしれるべきです。漆田は、幾度も命を落としそうになりながら、フローラとカディスの赤い星を追います。

船戸与一作品も同様ですが、血煙舞う系の冒険小説は、海外が舞台となるとスケールがでかくなりますね(国内の冒険小説は、自然との闘いが主になるでしょうか)。とくにその国々が暴力によって支配的であると、一定の制約のもとで行動しなければならないという、緊張感が常につきまといます。ワイズクラック(いわゆる、へらず口)も、違和感がなくなってしまうから不思議です。前半から後半へかけて、いきなりトップスピードというのも本作品の魅力の一つでしょう。

本作品は、まだ終わらないのか!というぐらい、驚きを伴なってクライマックスが幾度も訪れます。これでもかと引っ張りに引っ張って、ラストは完全燃焼するのです。これだけの大作を、作家として売れるまであたためて続けた逢坂剛、恐るべし。まさに魂の一冊です。

著者は、定期的に「逢坂剛カディスの赤い星ギターコンサート」を主催されておりました。このことだけでも、本作品への思い入れが良く分かります。

特にフラメンコは、楽譜を見ながら音を拾っていくという音楽ではない。耳で、心で覚えなければならんのだ。

本作品のこういうセリフや、ギターの演奏シーンを読んでしまうと、コンサートをちょっとのぞいてみたくなります。

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