【本の感想】花村萬月『なで肩の狐』

花村萬月『なで肩の狐』

花村萬月『なで肩の狐』は、組の内紛に巻き込まれた、元ヤクザの姿を描いた作品です。

著者の描く男は、暴力的でありながら、愛に脆いというのが特徴的です。本作品の木常(キツネ)も、グロテスクなくらいに暴力を振るいますが、一方では純粋な愛情と友情を持ち合わせた男です。

木常、ヤクザ稼業から足を洗い、神保町で幼馴染みの玲子と飲み屋を共同経営しています。ある日、木常は昔馴染みの徳光から金を預かります。その額、何と2憶円。新宿奈良和会福岡組からくすねたと言うのです。渋々、徳光の頼みを聞く木常でしたが、その頃から木常の周りがきな臭くなります。

徳光を追う谷口に対して、木常が行う拷問が怖気を震うぐらいにグロテスクです。自分は、読み進めながら、苦い顔をしていたに違いありません。この不必要とも思われる描写は、以降の木常の苛烈さと優しさの同居したキャラクター設定に効いているようです。

徳光から金を取り戻すべく差配しているのは、木常と少年院からのダチ 狸こと笹山です。組の幹部にのぼりつめた笹山と引退した木常の、丁々発止の鍔迫り合いは緊張感たっぷり。この二人の因縁がどうなるか、が本作品の見所でしょう。

木常はこの時、新宿で絡まれていた元相撲取り蒼ノ海を助けます。これをきっかけとして、蒼ノ海を飲み屋で働かせ信頼関係をつくっていくのですが、玲子との踏み越えていけない恋愛感情といい、暴力的な裏側にある木常の優しさが際立ちます。

物語は、谷口の手による木常の事務所放火を契機に、ロードノベルの様相を呈します(木常による谷口への報復がこれまたグロテスク)。北海道天塩に住む徳光の母親にくすねた金の半分を渡そうというのです。蒼ノ海、そして夫を捨てた玲子と娘 遥も行動を共にすることになります。

札幌で徳光の最期を聞いた木常。笹山は、木常の後を追いかけています。そして、木常ら一行は、サロベツ原野で絶体絶命のピンチが待っているのでした。熊に出会って蒼ノ海とがっぷり四つはびっくり仰天ですが、木常 V.S. 笹山らの対決は盛り上がりを見せます。木常は、無事にここを切り抜けることができるのか。

ラストは、木常ら一行のそれぞれが語られます。しかし、何やら消化不良・・・。と思ったら、後日譚として『狼の領分』が刊行されているではないですか。こちらに期待をするとしましょう。

自分は、北海道天塩は訪れたことはありませんが、湿原には谷地眼(やちまなこ)という巨大な穴があるそうです。これは、本作品でちゃっかりとお勉強させてもらいました。

本作品が原作の、1999年公開 椎名桔平、哀川翔、鶴見慎吾 出演 映画『なで肩の狐』はこちら。

1999年公開 椎名桔平、哀川翔、鶴見慎吾 出演 映画『なで肩の狐』

本作品には、蒼ノ海の代わりに徳光の年若い情婦が出てくるなど、原作とは登場人物や物語の背景に若干の違いが見られます。哀川翔演じる徳光の占める役割を変えてしまったので、顛末は別ものとなってしまいました。玲子がシングルマザーという設定は、不倫話に陥らなくて良かったのかもしれません。

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